見出し画像

「定型発達」第17回ー定型発達は「わきまえる」

#発達障害#アスペルガー #ASD )当事者から見た普通の人達( #定型発達 )の不思議な特徴とその理由について書いていきます。連載。

会議を長引かせることを嫌う人達

「女性が多いと会議が長引く」という発言が問題になっています。
https://www.asahi.com/articles/ASP235VY8P23UTQP011.html

 もちろんこの発言は女性に対する差別で、男女共同参画の理念に反するものですが、私には「会議が長引く」=「悪いこと」という考え方も気になりました。

確かに多忙な中、会議がいたずらに長くなるのは困りますが、会議は発言して議論をする場のはずです。
当該発言では「(女性は)一人が発言すると皆発言したがる」ことを問題視しています。まるで「発言をしない方がよい」と言っているように聞こえます。

第7回-定型発達は議論が苦手 」で書いた通り、定型発達は「議論」を「争い」と感じてしまう傾向があります。そのため、合意形成は会議外で行い、会議ではその確認をするだけ、という傾向をしばしば見かけます。会議の場が苦手なので早く終わってほしいと感じるのかもしれません。

何を「わきまえる」のか

「わきまえる」は漢字にすると「弁える」となります。この言葉は「道理を」「礼儀を」などの目的語がある他動詞ですが、当該発言には目的語がありません。しかし意味は通じているようです。

文脈から、ここの「わきまえている」の目的語は「(自分達はその場では)長い発言をしないこと」と推測されます。これは暗黙の了解であり「分を弁える」「場を弁える」など、しばしば(ASDには不明な)曖昧な目的語で表されるものであろうと思われます。

なぜ「わきまえる」必要があるのか

定型発達は、合意形成が別の場所(例えば飲食の場)で行われていれば、会議で発言をする必要がないと考えるかもしれません。(この場合、会議自体の必要性が疑問ですが、それは置いておきます)

しかし、全員の合意形成がなされているなら、そもそも「わきまえる」必要はありません。
合意形成が一部で行われ(あるいは行われず)、個人的には賛成しかねる場合でも、グループの意向(場)やグループ内の自分の立ち位置(分)を「わきまえて」異なる意見を述べないようにすることで、グループの「和」を保ちたい。有り体に言えばグループからはじき出されたくない。
それが定型発達の欲求なのだろうと思います。

「わきまえる」ことの問題点

「わきまえる」ことで定型発達はグループを容易に維持し、すばやく意思決定ができるという利点を持ちますが、それは同時に「わきまえる」人達の意見を無視するという問題点を持ちます。

さらに、今回の発言のようにグループのリーダーやマジョリティがこの言葉を他のメンバーに対して使うことで、グループを支配するという構造を生みます。

男女だけでなく、マイノリティが見解を述べることが #ダイバーシティ にとっては必須です。
しかし、定型発達の人達はグループ内で他と違う意見を述べることにはためらいを感じると思います。諸外国ではそのような教育が学校で行われていますが、日本では逆に「目立たないこと」が求められているのが現状です。

定型発達の方々にもそうしたシーンで発言するためのトレーニングをして戴ければ、また、発言した人を疎ましく思わないようになって戴ければと願っています。

まとめ

場や分を「わきまえ」て発言を控えることは定型発達の「グループを保ちたい」という欲求の表れであろうと考えました。
しかしそのことが、マイノリティを切り捨てる社会構造を生み出すことにつながっているように思われます。
ダイバーシティの実現のために、定型発達の方々がこの問題に気づき、マイノリティが意見を言える社会、丁寧に合意を形成していく社会を目指せればと願います。

-----------------------------------------------------------------------------------
注意:この文章は著者の個人的な考えによって書かれています。
「すべての」定型発達の人に当てはまるわけではありません。
発達障害には「 #自閉症スペクトラム (アスペルガー症候群を含む)」のほか「ADHD」および「LD」があります。ここではアスペルガーである私の視点からの記述のみを行っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?