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#8-3 上綾織から発信する新日本民俗学

マンサードに見る生業の証

 千葉家の保存修復工事が進む上綾織で、2016年にマンサードの調査を始めました。これまで、87棟の外観調査と7棟の実測調査を行っています。昭和30年代にこの地に根づいたとみられるマンサードには、たばこ・酪農・畜産・稲作など、各々の家の生業に応じた設えがあります。

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 2019年9月と11月、上綾織山口地区の一棟のマンサード小屋で、遠野市内の高校生や都市部の大学生たちと活動しました。主屋は、茅葺き屋根に金属板の屋根材を被せた曲り家です。千葉家に奉公していた方が、勤めを辞めてこの家を手に入れたと聞きます。マンサードは、その方がたばこの乾燥小屋として建てたそうです。中に入ると天井が高く、一階には壁の上下に無双窓(スライドして開閉する格子窓)があり、土間の四隅に乾燥のための炉が切ってあります。

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 さらに小屋裏空間の軒桁上部は、一見屋根の下地に見えるのですが、上げ下げできる換気窓になっています。この細工は、他の建物では目にしたことがありません。また中二階には、キッツ(籾を保管するもの)とともに下階への籾の落し口があり、落し口には袋詰めのためのビニールの筒が残っていました。中二階は後から設けた床のようで、たばこの生産から稲作へと切り替えたのでしょう。軒桁の上の換気窓も中二階の落し口もユニークで、住み手自身のアイディアあるいは手仕事ではないかと想像しています。

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ブリコラージュ、道具に見る住み手の物語

 小屋の中は、農耕具や馬具、大工道具など、さまざまなモノで溢れていました。今回の活動は、その片付けに始まります。オフキャンパスは地域の価値を見つめる活動で、ただ片付けるのではありません。廃棄する物品を運び出すと同時に、地域の方に道具にまつわる聞き取り調査を行いました。その後、学生たちが道具を小屋の中に陳列しました。

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 道具の調査で気がつくことは、一方に生業があり、もう一方に住み手自身の暮らしがあります。道具の種類から、たばこ・穀物・豆類の生産、馬・牛の飼育をしていたことがわかります。大工道具の数の多さも、目を引きました。この小屋には馬(そののち牛)を飼っていた大きな下屋があるのですが、その下屋の軸組が大工仕事に見えないことに気がつきました。いまでいうセルフビルドだと思います。百姓という言葉がありますが、この意味を「百の姓」すなわち数多の肩書き(職能)と捉えるなら、この住み手はまさしく何でもこなす百姓だったのでしょう。実際、小屋に残された道具の多くが手作りでした。敷地や周囲で拾ったであろう小枝をうまく使うなどして作った道具が、実に美しいのです。身の周りにある材料で必要なモノ(価値)を創造すること、すなわち「ブリコラージュ(器用仕事)」の美しさです。道具の記録が、住み手の人物像に迫る調査になっていることが、とても印象に残りました。

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 上綾織ではマンサードを手掛かりに、民家・山そして道具の調査に私が関わっています。それらはいずれも地域の暮らしや景観を、物語として読み解く貴重な資料だと考えています。重要文化財・千葉家住宅のような象徴的存在ではありませんが、だからこそ柳田国男と今の遠野を橋渡しする「新日本民俗学」と呼ぶべき魅力があるのです。
(文・伊藤泰彦)


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