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徒然なる想い その十七〜研究材料の水族館展示〜

 ミズクラゲのように海を優雅に漂うクラゲ、綺麗な櫛板を持つクシクラゲ類。こういったクラゲは見るものの心を奪い、一般的にも人気の高いクラゲである。そのため、こういったクラゲは水族館などでも好んで展示される。

 一方、私はこういったクラゲを眺めるのも嫌いではないが、研究対象という意味でさほどの興味は抱いていない。私はもっと変わり種のクラゲの方に興味があって、何でこんなクラゲが自然界で生きていけるのだろうか、と思わせられる生きものに関心を寄せている。

 よく研究されているものを例にとれば、タマクラゲなどがこれに当たる。タマクラゲはプラヌラ幼生の着底場所が非常に限定的で、生きたムシロガイ貝の貝にしか(本体が死んだ貝殻ではダメ)着底しないことが知られている。仮に生きたムシロガイに出会えなければ、そのタマクラゲの生命はそこで終わってしまう。このようにプラヌラ幼生の着底が非常に限定的であるクラゲには、他にもエダクダクラゲなどがおり、エダクダクラゲは生きたエラコにしか着底しないことが知られている。タマクラゲやエダクダクラゲはそれぞれムシロガイやエラコと強い共生関係にあると考えられており、実際にポリプ(プラヌラが変態して現われる形態)を無理に引き剥がすと引き剥がされたポリプは死んでしまう。

 しかし、このような強い共生関係を築いていないクラゲは自然界に数多く存在し、いつでも好きな場所にプラヌラが着底できる方がメジャーである。そうなると、なぜタマクラゲやエダクダクラゲはわざわざ他の生物種と共生関係を築いているのかという疑問が生じる。いつでも好きな場所に着底できるものであれば、気楽に海の中を旅できるわけだが、タマクラゲやエダクダクラゲではそうはいかない。字面通り必死になって、共生種を求める旅をする必要性があるわけだ。運命の出会いを果たせれば良し、果たせなければ死んで終わりである。こんな面倒なことをやっていれば、何れ絶滅しそうなものであるが、現実はそうではない。今なお普通に生息している。このことから、我々には分からないだけで、タマクラゲやエダクダクラゲにとってはベターな生き方をしていると言えそうである。つまり、人間から見れば面倒臭そうな生き方をしているように見えても、タマクラゲやエダクダクラゲからすれば「余計なお世話だ、俺たちには俺たちの生き方があるんだ、黙ってろ」という話なのではないかと思う。まさに人間の想像力の偏狭さを教えてくれるような話であり、自然は人間の想像力を越えたものを生み出していることを実感でき、私は非常に面白いと思っている。

 以上のようにタマクラゲやエダクダクラゲも面白いとは思うが、今現在私が最も興味を覚えているのはカタアシクラゲモドキの一種(Euphysa sp)である。以前にもご紹介したことがあるが、このクラゲはたった一本の触手しか持たないという特徴がある。触手には刺細胞が散りばめられており、刺細胞から刺胞という超高性能な毒針を発射し、それで獲物を仕留める。そのため、触手はクラゲにとって狩道具のようなものと言え、狩道具を増やす方がより楽に自然界で生きて行けると思われる。実際、表題の写真のベニクラゲモドキのように触手が多数あるクラゲのほうが大多数である。しかし、カタアシクラゲモドキやカタアシクラゲは触手を増やすのではなく、触手を減らして行った。狩道具が少なくなって行くのだから、上手く獲物を捕らえられず、死の危機に晒されそうである。実際、実験室での飼育は面倒臭いことこの上なく、今までまともに研究対象になってこなかった理由を強く実感している。しかしながら、これは実験室内での話であり、これまたフィールドの上ではそんな単純な問題でないらしい。自然界では普通に生きているわけで、「触手が一本しかないのが何だ、これでも上手く生きて行けるんだぞ」と主張しているかのようである。では、一体自然界ではどう生きているのかという話になるが、残念ながらそれを予想できるだけの情報は未だ集まっていない(仮に情報が集まっていたとしても、この場でそれを明かすのは企業秘密の観点上難しいのだが)。それを今後の研究で明らかにできればと思っている。

 ここまで、幾つかのクラゲを例にとって私が面白いと思っている点について述べてきた(これでも実際の面白さの半分以下の面白さしか伝えられていないが)。しかし、これらのクラゲはヒドロ虫類というグループに属し、サイズは顕微サイズであるし、大して優雅なわけでもない(傘が綺麗なのはいると思っているが)。そのため、一般的な人気を勝ち取れるクラゲとは言い難く、研究者やクラゲマニアにしか受けないクラゲたちである。悲しいかな、一般的にはしょぼいクラゲで話は終わってしまい、水族館などで展示されていても見過ごされることと思う。そんなわけで、私が面白いと思って扱っているようなクラゲは水族館ウケ、一般ウケするものとは言えないのではないかろうかと思う(水族館の方々はヒドロクラゲにももっと目を向けてほしいそうだが……)。

 ところが、ひょんなことから嬉しい話が舞い込んできた。カタアシクラゲモドキのクラゲ飼育について私の所属する研究室と加茂水族館、新江ノ島水族館で研究協力をさせていただいているのだが、何と加茂水族館でカタアシクラゲモドキの展示をしていただけることになった(既にされている)。展示の解説版には、生物提供者として恩師と私の名前(言わずもながら本名)も載せていただいた。勿論、飼育方法が確立されていないため恒久的に展示を維持することは難しいし、加茂水族館的にも余り一般ウケを狙ってはいないことと思う。しかし、研究対象とし、自分が育ててきた生きものが水族館という場で展示されるのは、やはり嬉しいことである。

 私自身も展示を見に加茂水族館に足を運ぶ予定であるが、機会があれば読者諸兄姉にも是非足を運んでいただければと思う。サイズはかなり小さめのため、ショボく思われる方が大多数かと思うが、ちらっと眺めていただくだけでも結構である。勿論、願わくば(写真の掲載も意図的に避けているので)カタアシクラゲモドキをじっくりと見ていただき、カタアシクラゲモドキの魅力に想いを巡らせていただければ幸いである。

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