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音楽よもやま話-第12回 YUKI-世界がその一点のみで魅力的に映るんなら、正直、うれしすぎて抱きあいたい。

じっと黙ったミラーボール

これ好きなんだよね、と彼女はデンモクを手に取りタッチペンで操作をし始めた。
しばらくして曲が始まる。軽快なミドルテンポのイントロに彼女は少し体を揺らし、最初のワンフレーズが画面にテロップするとマイクを口に近づけ「メランコリニスタ」と歌い始めた。
彼女の気取ったハスキーボイスはフラット気味ではあるものの、YUKIのその物憂げなダンスチューンにはよく似合っていた。
テーブルの上に散乱する、3分の1ほど残ったボトルウィスキー、単価の高いつまみ、握りつぶされた缶チューハイ。僕の連れの友達はロングソファをひとり占領して眠っていた。起きている人間は僕と彼女だけで、暗いカラオケルームは時折うるさそうにテレビ画面からの煌々とした明かりに照らされていた。正直、僕は彼女のことが苦手だった。出会った初めから仲良くはやっていけないだろうな、という雰囲気を僕は感じていた。だけれど、ひとたび彼女がYUKIを唄い出した瞬間に、その一点のみで彼女のことを“魅力的なんだな”なんて思うのであった。
どうやって起動させたらいいのかわからないミラーボールが、動きもせず、ただじっと、ひたすらにその体にとりつけたたくさんの鏡でテレビ画面の光を反射していた。そしてもちろん僕と彼女との間には会話はなかった。僕もする気はなかった。ただ、YUKIの曲を、YUKIじゃない他人の歌声で聞いていた。

I SUPPOSE I CAN FLY

九州の片田舎に住む僕がなんで北海道なんていう気候的異国に行こうなんて思ったのか。その理由の一つにはYUKIがいると思う。鬱屈とした浪人生活中、TSUTAYAで借りた『megaphonic』をヘビーローテーションしていると、不思議と心が浮ついてどこかを目指していたみたいだ。身体を置いてけぼりにするわけにもいかないので、脳みそを働かせて勉強したっけ。YUKIという稀代のボーカリストを生み、育んだ北海道へ行かなくちゃ、なんてことを感じていたのかもしれない。
もう5、6年前。今は無きニトリ文化ホールの2階の奥の席から見たステージから、YUKIの歌声が届く。誰でもロンリー、君はスーパーラジカル、眼鏡を外して、ティンカーベル…。アンコールでは、千秋庵の山親爺のローカルCMソングをバンドアレンジで歌い出す。そんなとき、どうして僕は彼女とルーツを共にしていないのだろうなどと、猛烈な無意味な嫉妬を覚えた。クリスマスを5日後に控えた冬の札幌だった。研究室選考を目前に控え、いつものように、何かのお約束事のように自分の進むべき道がなんたるかを考えあぐね、やむなく放棄しようとしていた時期だった。
数時間後、ライブ会場で買った“I SUPPOSE I CAN FLY”とデカデカと書かれた、分厚いフォトブックを手に僕はびっくりドンキーにいた。会場で偶々会ったサークルの先輩たちと合板のカウンターに座りながら、あれこれとライブやらの感想を言い合った。「元気いっぱいだった」「あのオブジェに座るYUKIの可愛さときたら!」「JOYのPVに惹かれたんですよ」「持ってないならDVD貸したのに!」
そうこうしているうちに感じることがあった。共通の音楽の趣味を持ち、それに心を動かされてきたという共通の体験は、つまり我々を心のぶっとい所で繋ぎとめてきたものなのではないだろうか。ルーツを、拡大解釈してもいいのなら、確かにそこにある。

そのような意識、経験や根底や地盤(小さくても)がしっかりしているというのは、僕らにとってかなり大事なことだと思う。翼を持つよう進化してこなかった我々にとって、膝を曲げて踏ん張り、“跳ぶ“ための地面があるということ、そして確かな着地点がそこにあるというのはかなりの自信につながるからだ。「わたし、まだとべるわ」というのは(FLYとJUMPの差があるとはいえ)僕にとってそういうことだ。

カ・リ・ス・マ

美しさ、かっこよさ、かわいらしさ、時には少年のように悪戯っぽく笑って、時に少女のようなひたむきさで叫んだり。いろんな表情を見せて、いつも先進的で親しみやすい音楽を届けてくれる。背伸びせず、気を張らず。憧れの存在、カリスマ・オン・ザ・ロック。どのアルバムもどのシングルも素晴らしい。確かなクオリティが鳴る。頭空っぽに踊れる曲だって、傷心に染み入る優しい歌だって、文学中学生みたいな目で聞いたときにハッとする歌詞だって。昼過ぎに皿洗いしてるときも、夜中にコンビニに駆けだすときも、恋しているときの味方になってくれるくらいの曲もある。世界観に憧れて、そこにあるべき未来を夢見たり。100個くらい正座してちゃんと言えるくらい、YUKIが好きだなと思う。パリコレファッションモデルしか着こなせないのではなかろうかとも思えるヘンテコな衣装も好きだ。未だにうまく踊れないけれど、「JOY」のダンスも好きだ。余談だが、友人に一度教えてもらったが、どうやら僕はダンス・センスに恵まれていないらしい。とにもかくにも、「死ぬまでワクワク」していたいYUKIの楽曲で僕らはどうしようもない世界の一点を、“魅力的だな”なんて思えたりもするのだ。

わらばの好きな18

1.キスをしようよ
2.2人のストーリー
3.Walking on the skyline
4.ワンダーライン
5.朝が来る
6.JOY
7.ミス・イエスタデイ
8.ひみつ
9.勇敢なヴァニラアイスクリーム
10.あの娘になりたい
11.鳴いてる怪獣
12.はみだせラインダンスから
13.眼鏡を外して
14.うれしくって、抱きあうよ
15.ポートレイト
16.聞き間違い
17.やたらとシンクロニシティ
18.ランデヴー

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