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らしさの武装と嗅覚 1


どうしてヤツはモテるんだろう?

あの頃、ずっとそう思ってた。決して高いとは言えない身長、気を抜くとあらわれる独特のイントネーション、ゲジゲジ眉毛を筆頭に、少しは人に分け与えてあげたら?(特に課長に)と思うほどの豊富な毛量。何処を探してもヤツに「モテ」の要素が感じられなかった。

同時入社で部署が同じという以外、何の共通点もなかった。二浪と2度の留年をやらかしているせいでヤツが6つ上。話が合うとも思えなかった。

・・・・・・・

化粧しない女を久しぶりに見た。

日常会話が交わせるぐらいになった頃、ヤツにぼそっと言われたのを覚えてる。確かに社内でも、お姉さま方は皆ばっちりメイクで、休憩の度にスポンジや油取り紙で小鼻を押さえ、ルージュを引き直し、鏡の中のご自分の機嫌を取るのに余念がなかった。着替えもメイク直しも必要のない私は、女子更衣室に用意されていたロッカーに少しずつ足が向かなくなり、私物をデスクの引き出しに放り込んで社内生活を乗り切っていた。

女子更衣室は、デパートの化粧品売り場と同じ匂いがする……


おい、行くぞ!と言われたら、とにかく付いて行く。簡単に言えばそれが私の仕事だった。同期で組むなんてことはほぼないはずなのに、何故かヤツの下に付いた。私…余りか?

新入りの雑用係のさらに雑用をして日銭を積み重ねていただけで、業績を上げるとか企画を立てるとかそういう所に一切関わらない、仕事で遣り甲斐とスキルを追求していこうとする人達からすれば、地獄のような場所。誰も意見など求めないし、そもそも存在にさえ気付いていないんじゃないかと思えるような日々ではあるけれど、ヤツの 行くぞ!が、ほぼほぼ毎日なせいもあって、ずっとデスクと向き合っていなくて済む分楽しく過ごせた。付いていった先々であったことを暇に任せて日記代わりの手帳にその都度書き込んでは、今日も沢山仕事した!と埋まって行く手帳の余白に勝手な達成感も感じていた。全くもって能天気なものである。


そんなことを1年ほど繰り返していた頃、電話がヤツではなく、私に回されてくるようになった。

は?私、仕事のこと分かりませんけど?いつも隣にチョコンと座っているだけで、なんなら荷物も持ちませんし、新幹線の切符も宿も手配しませんし、お邪魔した時に出して下さるお茶は遠慮なく頂いてはいますけれども、時折りランチや会食のご相伴にも預かってはおりますけれども、いつも御礼だけはきちんとお伝えしているつもりではありますが…、何かをやらかせるほど仕事をしている自覚もない私には、身が縮む思い。

が、蓋を開けてみればなんのことはなく…
ヤツが予定を一切把握していなかっただけ。困ったことにその上に居る上司も同様で、以前はかなりの頻度でドタバタ劇が繰り広げられていたのだとか。それが特にここ数か月なくなった…仕事がスムーズに進むぞ?はて?なんだこれ?ヤツが入ってきたからか?いや、違うな…ということは?となったらしい。たしかに、あれいつだっけ?明日?来週?と、彼らによく聞かれてはいた。明日ですよ!と大慌てで準備したこともあった。私はいつの間にかヤツと上司、2人分のスケジュール管理をするようになっていて、それに気づいたのが誰あろう社外の人たちという…。

まぁ、相変わらず雑用のさらに雑用であることには変わりないのだが、この間に人知れず同期入社の女の子が一人辞めていた。課長のお飾りのように何処へ行くにも付き従わされ…病んだ。隣でただ静かに笑っているだけでいいと明言されたらしい。いやそれ、私とほぼ一緒。あ、私は笑顔を強制されてはいないけど…と、一緒に仕事をしたこともない彼女を思い出そうとしていると、お前は可愛くなくてよかったなと、ヤツがのたまったので思いっきりボディに食らわしてやった。

これって、私は上司に恵まれていると考えていいのか?……


そんなこんなで、2年が過ぎようとしていた頃。昼食のお弁当を食べ終わりデスクに突っ伏し惰眠を貪っていると、頭蓋骨にコツンと尖った物があたった。イテッ!後頭部をさすりながら顔を上げた先にヤツが立っていた。ほら、と渡されたのは5㎝程度の正方形の箱。なんだ?これ?と、箱を眺めていると、開けろという指示が飛んできた。仕方なく包装紙の端を探すべく箱をクルクルと回す。面倒臭いものは、いつも私の所に転がり込んでくる。こんな小さな箱に何が入ってるのか、ビックリ箱のように何かが急に飛び出してきたりはしないよな?と、包装紙は解き切ったところで蓋を開けるのを少しだけ躊躇ためらった。箱を回転させている最中コトンと音を立てて何か僅かに動いた気配もしたし、ヤツには今まで色んな悪戯を仕掛けられてきた実績もある。そして恐る恐る開けた箱からは、透明の液体が入った小さなガラス瓶。

これがヤツからもらった最初で最後のプレゼント。シトラス系のコロン。

誕生日だっただろ、と言われてから思い出した。そうだ、プライベートの用事に付き合わされる度に(主に彼女へのプレゼント選び)、私は何も貰ったことないけどな!と言い続けてはいた。まぁ、その都度お駄賃と称して、カツ丼やパフェを奢ってくれていたけれども。ただ、コロンなんていうハイカラなものは使ったこともなければ実際手に取ったこともない私には、どうしていいか分からない。…ということで、とりあえずお前ならまず…と直々に指南され、実行後に指先をクンクンと嗅いで、馬鹿か!と、頭をはたかれた。

業務の合間に他愛ないやり取りや憎まれ口を聞きながら、なんとか日々やり過ごしていた。些細なことで笑い合える環境、ここに居るのも悪くないかなと思い始めていた。そしてこれは、深い意味を持たない同僚間でのその場限りの遣り取り。と、私もヤツも思っていた…のだけれど。


・・・・・・・

数日後、知ってるか?と同期の長野が声を掛けてきた。は?という顔をする私に、長野が小声で囁く。富岡さんがお前が貰ったのと同じコロンをつけてるぞと。彼の言葉の意味が飲み込めずにいるところへ、富岡さんがやってきた。香りが良いから同じの買っちゃったと、にこやかな顔で。確かに何か違う。いつもの彼女はもっと甘ったるいことにようやく気付く鈍感な私。

ご報告ありがとう。でも、私のは頂き物だし…と思いつつ隣のデスクを見ると、ヤツが笑顔の頬を軽く引きらせて座っていた。なんだこれ?は?へ?と、暫く二人の顔を交互に眺めてしまう。向かいのデスクで長野が渋い顔をしていた。

色々嗅ぎ分けられない私と嗅ぎ分けられる同期の男2人。色んな意味で嗅覚ってホント大事。

富岡さんはヤツが好きだったのだ。そしてそれは、周知の事実だったらしい。人の恋路に全く興味がない私は、寝耳に水過ぎてリアクションの仕方が分からなかった。ただ浮かび上がってくる過去の情景、その背後からにじみだしてくる嫌悪感の渦が、満面の笑みで横に佇む富岡さんを飲み込んでいった。あれも、これも、そういうことか!

好きな人が他人に贈ったものをそれと知りながら自ら購入し、静かに一人で愛でるのでもなく、自ら周囲にふれて回ることの不気味さ。

彼女が求めていたものは何だったのだろう。私には分からない。

ただ、恋愛にまつわる一途さや直向ひたむきさは、客観性を著しく失うということと、それはともすれば周囲に嫌悪感を撒き散らす可能性があることは学べた。

ヤツをそういう目で見続ける富岡さんとの感覚の違いは、埋めようもないし、埋めようとも思わない。私、さぞ邪魔だったろうなぁ。笑 
いやいや、ヤツには結婚を約束している綺麗な彼女がいるんだけども……。さらに、ここに付け加えることが許されるのならば、私にだって彼氏がいるんだけれども。

後をくっついて行くのは仕事だからである。予定を確認するのも仕事だからである。終業後一緒に退社するのは、終業時間が同じだからである。

それ以上でも以下でもなく、それだけ。

自分が狙う人間の傍にいつも居るのは、化粧っ気もなく、スカートもヒールも履かず、女を捨てたような輩。これは、腸が煮えくり返るぐらい悔しいのだろうか、悲しいのだろうか。が、たとえそうであったとしても、その悲しさや悔しさは、私のせいではないはず。

弟といるようだと言われていた私が言うことでもないけれど、彼女はたぶん知らない。ヤツの優しさの底にあるものを……


表層の女らしさや優しさほど怖いものはないと思った。周囲が徐々に武装された「らしさ」を普段着だと勘違いし始める。


ヤツの弟で居られる期間は案外短いかもしれない。限界が近そうだ。


小さな風が起こって草が揺れて虫が騒ぎだす。黒雲が湧き上がってからでは遅いかもしれない。上流・支流で起こった小さな氾濫が怒涛のように本流に押し寄せ護岸もろとも濁流と化す。巻き込まれないためには、虫の音の間に逃げるしかない。





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