日記2/9 人生で大切なことは渡辺大知が教えてくれる

映画って少し苦手だ。「映画」というものは、自分のなかで、「ワイン」「ジャズ」と同じジャンルに分類されている。とても文化的な人じゃないと嗜めない、敬遠というか。見たからにはなにかを語らねばならない、語る他ない、という作用を人に及ぼす重大なものというか(二時間もひとつのテーマを考えると何か意見が生まれるし、映画料金は決して安くないから収穫を得なければという義務感が感想を語らせるのかもしれない)。

なんにせよ、そういうのがしんどくて映画はあまり見ないし、映画って自分の手の届かない文化的でドラマティックなものと思っているけれど、見て、なんかよかったなとなる映画には、ほぼ必ず渡辺大知が出演していた。

勝手にふるえてろ」では、主人公の現実世界で生きている「二」の役。「ブルーアワーにぶっ飛ばす」では、主人公の帰りを待つ夫。「ここは退屈迎えに来て」では、スクールカーストの太陽系の衛星(モブ)に位置する悩める青年。実直で、がんばりやで、空回っているけれど、現実的で、熱くて、いちばん人間…という立ち回りをよくされている印象がある。

しかも、渡辺大知を見たくて見に行った映画はない。Twitterでフォロワーがおすすめしてたとか、告知ポスター(渡辺さん載っていない)が素敵だったとか、松岡茉優や成田凌が見たいとか、そんな理由ばかりで見た映画で、いちばん印象を残していくのが渡辺大知だ。

言った通り、自分は「映画」と「映画のなかでもがき苦しむドラマティックな主人公」(アメコミヒーローほどの自分との乖離はないけど)的なものに苦手意識、どこか別世界の存在と思っている節がある。よそのはなし、と思っている。けれど、渡辺大知の演じる役の視点には親しみが持てて、そこからいつも主人公を見て、理解できている気がする。

渡辺大知出演作しばりで映画を開拓するといいかもしれない。「わたしは光をにぎっている」(予告編で好印象)、「寝ても覚めても」(これはtofubeats関連で見たいと思っていた)、たしかに良作の予感。俳優から映画を見る、という人生初の試みかもしれない。

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