60年代と青春

僕が木曜日に受けているイギリスの文化(映画)についての授業のレスポンスシートで青春について書く回があった。

あなたにとっての青春とは?
これがそのテーマだった。
これまでの人生を振り返ってみても青春はきっと今なのだと思う。
なぜならなかなか鳴かず飛ばずの中高を過ごしてきたからである。そんなことはどうでもいい。
でもその観点からしても今、大学2年、この瞬間が人生で一番不自由せず自由で楽しいのだと思っている。

しかし、そんなことを自慢したいがためにこんなことを書いているわけではない。
僕はもちろん今のこの青春と呼ばれるであろう今に十分満足している。
だが、その今満足を体験しているがゆえに絶対叶わない夢、妄想も多くある、そのうちの1つを紹介したいと思う。

ビートルズは1963年にPlease Please meをリリースしている。
時代はレコード、ひっくり返さないと半分しか聴けない。
ネットもない、YouTubeなんてない。
それがどうした、そんなことよりもビートルズの「新譜」が毎年数枚リリースされて、それに触発されるような青春を過ごしたい。

「新譜」としてリリースされるビートルズは今きくよりももっと革新的で今のリマスターされた音源よりもリアルで古くさく感じないはず。

また、レコードの時代に生きてはいない僕でも想像できる、月に1枚、多くても2枚、おこづかいで、月の給料で選び抜いてレコード屋さんで買うレコードは家に帰って聴いてみれば当たりハズレあっただろう。
しかし、そこまでの体験がその時代の音楽の嗜み方だったんだとおもう。

業界人でもなくただの一般学生からして今の(2017の)音楽はとてもハイテクで、もう半分聴くために裏返していたレコードの時からすれば裏も表もなくCDは借りるのですら躊躇するほどにストリーミング有料サービスは安く(月1000円程度)、あらゆる音楽をきかせてくれる。
新旧、良悪、ジャンルも多様に豊富な音楽がいつでも聴ける状況にあって、道行くみんなは何を聴いているのだろう。モノラルのPet Soundsか?Pink Floydか?でもやっぱりEXILE?AAA?
まぁなんでもいい、これこそが音楽ストリーミングの醍醐味なんだから。

ここまで書いておいて、僕は今の音楽の楽しみ方に満足している。
ついこないだまで月2回ほどTSUTAYAで数千円払ってアルバム5枚なり、シングル10枚を借りていたのが、今や月1000円で何から何まで聴き放題。
金のない、音楽好きの学生からしたらこれ以上のサービスを考えられない。
(たまに無料で音楽を聴ける害悪なアプリがある、どこの会社で作られているのかは知らない、まさしく怪しい、あれで聴くのは無料だし有料よりいいじゃん、って考えこそが害悪だと僕は思う。
有料ストリーミングアプリのレビュー欄の「タダで聴けなくなったから消した」「まじ、使えない」とか言ってるやつらはほんとにどうかしてると思う。)
小言はさておき、とにかく今に満足している。
僕が使っているGoogle Play Musicは使いやすく、聴きたい曲はすぐ見つかる。他のアプリだって一定の水準は全部越えている。
満足、幸せなんです。

でも最後にあえて言いたい、僕の妄想を。

この素晴らしくハイテクでパンク知らずの大容量、毎日何かしら新しい音楽が更新され、古き良き音楽も聴くことができ、制限もない、それにもかかわらず安価な、そんな「今の」音楽体験の記憶を全部消して、
レコードでビートルズを、1963年のPlease please meを聴きたい。

そして、それを僕の青春にしたい。

おやすみなさい。

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日常生活で思ったこと、コラム、読書感想文を書いています。
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