見出し画像

「岡崎行きたいです!」

 お茶碗をきっかけにおしゃべりをするという、きっと変だけどきっと面白いだろうコンテンツを趣味としてはじめました。
今回は「あなたのお茶碗みせてください」という私の話を「いいですよ、おもしろそう」と二つ返事にするりと受けとってくれたひとの話。

お茶碗をはじめることになった経緯はこちらから⇨ニトリのお茶碗が割れた

 名古屋駅から名鉄線でおよそ30分、東岡崎の駅に到着すると家康姿の松潤パネルが出迎えてくれた。“岡ビル百貨店”というレトロな文字の看板に背を向けて、乙川と呼ばれる大きな川を目指す。
ランニングをする人
仕事の休憩にお弁当を食べる人
ベンチに寝転ぶ人
犬の散歩の途中におしゃべりをする人たち
この街での暮らしがあつまる河川敷に腰をかけたら時間の流れがずいぶんとゆったりになった。
優しい水色の空にレースカーテンのような雲がゆれた冬のはじめの日
「岡崎、いいんですよ」とまっすぐに言葉をくれた圭さんに会うため、私は岡崎という街に降り立った。

vol.5 圭さん


「持ってきましたよ」
わたしの姿を見つけるやいなや、むき出しのお茶碗を手に迎え入れてくれた彼の姿はこの日も朗らかなオーラで満ちていた。

「岡崎いいなぁって思いました」
「岡崎いいんですよ」
「かっこつけようとしてなくて」
「なんかおもしろいですよね、岡崎」

お茶碗を見せてもらうことになったのは圭さんが運営するマイクロホテルANGLEの屋上だ。
白いデッキチェアがテーブルを囲むその場所は、街の声が透る陽だまりのような空気が滞在していて、屋上という特別感がありながら井戸端会議がおこりそうな気持ちがした。

「岡崎の人って岡崎が好きですよね」
「そう、不思議なくらい好きですよ。めっちゃ好き。なんででしょう?」
街のことを主観的にも客観的にも捉えている圭さんの問いに少し戸惑っていると、川の流れくらいにさらさらとした声がこちらを向いた。
「代々、お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、みんな好き。擦り込みなんじゃないかと。」

周りの大人たちがみんな‘岡崎がいい’って言うのだから、子供たちもみんな岡崎を嫌いにならない。
その辺を歩いてる中学生とかに「岡崎好き?」と聞くと「すきですぅ〜!」って言うらしい。自分の住む町を好きかと聞いて迷わず「好き」と言える中学生、すごい。

「すごいでしょう。僕は地元山梨のこと、学生の頃そんなに好きじゃなかったんで。」
すっかり岡崎を代表するひとである圭さんは山梨出身だ。岡崎には転職をきっかけにたどり着いたという。

「なんもないから外に出た方がいいよって言う人が多かったから、そういうマインドになっていったと思う。」

“ここはいいところだ”と言われて育つか
“外の方がいいよ”と言われて育つか。

「実際きらきらしたもの好きじゃないですか。で、すぐ東京行った」
大学時代は東京、青山のど真ん中で過ごしたらしい。
「わたしだったらあんな都会で生きて行けないって思います」
「あ、思いました。で、山梨帰りました。」
ちょっとだけバツが悪いように肩をすくめて笑う姿は岡崎の街に流れる時間のゆるやかさを体現しているみたいだと思った。

「都会、疲れますね、楽しいし刺激的だし、やっぱりインプットはあるんですけど。でも暮らすイメージが湧かないですね」
「暮らすイメージが湧く場所…」

大学卒業後は山梨の銀行に就職を決める。
帰りたいから地元企業ということではなくて、ローカルだったら地元山梨がいい!と、大学生の彼にとって最善だと思う明確な理由で選んだと言った。

「総合的な文化をどう残していくかを政策する『総合文化政策学部』にいたんです。面白い学部でした。たまたま入ったけど。」
サッカー推薦で入った都会の大学で得たものは、地方というものの中で生まれてきた文化への興味だった。伝統産業や工芸、長く続くお店…
「そこの地域ならではの、人の暮らしが介在してできたものたちとか、そういう文化。風土や気候も関係すると思うんですけど、そうやってオリジナリティができたものに興味があって。」
残らなくてもいいかもしれないけれど、そのオリジナリティがその地域の魅力で、人にとっての価値になるとまっすぐに飛び出す言葉たちはじりじりめらめら、青い炎を帯びている。

「それがどう残っていくのかに対して、金融的なアプローチは絶対必要だなできたらいいなと思って金融機関に」
とてつもなく考えられた就活。
「めちゃくちゃ考えて入ったからこそ失望があったってことかな。ちょっと違和感というか、この熱量を共有できない…みたいな。」
最善と思った場所は、減点にならないことを選ぶ世界だった。
就活って難しいよね。
学生の目線から社会に抱く野望と、社会人の目線の働いて暮らしていくこと。その会社にどんな人たちがどんな風に働いているか、理想と現実のギャップは少なからずある。

「社会勉強になりましたね。でもそこに5年くらい働いたんですよ」
「え!5年もいたんですか!」
「すごいでしょ、辞めるの簡単だなと思って。」
すっとやわらかく抜ける語尾がそよ風みたいに柔らかいのに、言葉が内包する熱量はとてつもなく大きくて吹き飛ばされそうだ。

「爪痕を残してから、やりたいことができないと本当に確信したら辞めようと。それまではいろいろ足掻いてみようって決めたんですよ。」
職場の外の世界で活動する人や場所を探しに動いた。足掻く時間の中で恩人との出会いを得たり、地域のアートプロジェクトを通してEテレの番組に出演したり
「自分の中では危機感が強すぎて。自分で動かないと、社会の中で死ぬと思って。」


サッカー推薦で入った大学
山梨で出会った恩人
転職を考えて辿り着いた岡崎
…たまたま見つけてたまたま受かってと話してくれたけれど、それは全て圭さん自身の行動が引き寄せている。

「それは運じゃないです、実力です。」
「アハハ実力はあります。でもそれも含めてラッキーはラッキーですね。自分を‘運がいい’と思うって結構大事な気がするんです。」

偶然のそれではなくて、積み重ねた努力の密度が引き寄せるラッキー。
朗らかなオーラを纏う彼の言葉の節々にいつも流れる不思議なエネルギーの正体は、きっと思考の広さと密度の表れだと思った。


 うっすらとかかる雲が退いて太陽が顔を出す。テーブルの上にちょこんと佇むお茶碗に陽があたった。どこかで見た幻に近い情景をざらざらとした土にじんわりと滲ませたような、色味と質感のギャップが印象的なお茶碗だ。
圭さんの手に収まるそれが殿様茶碗にしか見えない!と言ったらよくわからないと首を傾げながらも笑ってくれた。

「小さめのサイズだからこんもりお米を盛ることができて…」
「やっぱり殿様茶碗だ」
「本当に食べ過ぎなくてちょうど良いんだよ」
圭さんの左手にすっぽり覆われたお茶碗の中で、米の量が変化する様子を想像する。
「こんなに入れても美しくないから、いい感じに入れるじゃないですか」
お米のシルエットをつくりながら話す。
「ちょっとした美学ですね」

食べるという行為に伴う視覚情報。
お茶碗の中で減っていくお米と、その時々のおかずのバランスがよくなるように、知らぬ間に自分の中で「おいしい」の最適解を探していく。

ぽんっと手のひらに置き直したお茶碗をまじまじと見つめてぽつりと言った。
「表情がすごく、良い感じなんです。土感が良いです」

陶器が好きで普段からよく見るという圭さんがそのお茶碗と出会ったのは、同じく岡崎にお店を構えるMATOYAというセレクトショップだ。
「陶器が好きだからMATOYAさんに行きます?」
「MATOYAにおしゃべりに行きたい、というのがあります。セレクトと展示への熱量がすごいから、毎回。」

ものを買うという行為に至るまでの「ものを探す」という行為。それには同時に「店を探す」ということもついてくる。

「僕けっこう負けず嫌いなんですよ」
お茶碗に視線を向けたまま、すっと弓を射るように言葉が放たれた。MATOYAという場所に刺激をもらいにいくのだと。
「そういう刺激を求めたくなっちゃうんで、僕。やるぞー!ってなりたい、体育会系なんで悔しい思いをしたいんですよね」

競っているわけではないけれどライバルのような存在に鼓舞されることってある。
「お店作りとか、仕事に対しての向き合い方とか、一個一個の展示の本気度とか。熱量を感じるというのがすごい、いいなって思って。」
お茶碗を見ているけれど、お茶碗のむこう、お茶碗を介して人やエネルギーが見えているようだった。
「自分もやらなきゃ!となるから。そういうのを感じに行ってるのかもしれません」

刺激をもらうために訪れた場所で見つけたそのお茶碗は、彼にとって、いいものをつくる人に対する「リスペクトと悔しさ」の現れなのだ。

「器も好きだし応援もしたいし手に持っておくことでやる気も出るし。
日々、熱があるものを使いたい、いいものというか、自分がいいと思ったり共感したりする人、ものによって、常に自分を鼓舞…してるんですかね…」

選んだ軸や熱量に共感した気持ちを買って手元に置く。
「自分自身に成長意欲があるので、面白くありたいとかこういうことやってみたいって。だからこそ、そういう熱を買ったりしたいですね。」

デッキチェアの後ろに干されていた掛け布団カバーに視線を向けて言った。
「これもそうです」
岡崎の街の布団屋さんで購入したものらしい。
「すげーこだわりが強くて。寝ること、寝具に関してはなんでも聞いてみたいな人がいるんですけど」
街の布団屋さんに面白い人がいるのですねと聞くと「熱量を見つけるのは上手いかもしれない」とハッと気がついたように言った。

「何で見つけるんですか?」
「これは家が近いっていう」
「わはは!熱量を察知したんですね」
「アンテナは張ってますよ」

悔しい気持ちを図るものはお茶碗から音楽のライブまで、ジャンルは問わないらしい。
熱量は彼の原動力だ。
目標は近くにも遠くにも置いていると言ったけれど、その目標に向かうだけではなくて、新しいものをどんどん迎え入れる姿勢も常にある。朗らかだと感じていたそのオーラが次第に得体の知れないブラックホールみたいに動いて見えた。圭さんから生み出されるものへの興味が益々大きくなっていく。


 圭さんはドキュメンタリー映画に2本、出演している。1本目は若者が何人か集められた森が舞台の作品だ。
その中で最年少、24才の子の言葉が印象的だったと言った。
「何者でもなくてもやもやしてて、まだ何も決められてない夢を追ってる人です!みたいなこと言ってて。
なんかそれ、すごく僕と違うなって思って。僕と違うけど僕もそうだったなって思って」

家族をもって、事業をはじめて、責任が大きくなって。今の自分とは違う姿から受け取ったひとつのエネルギーは、身軽さを失いつつある自らの現状を改めて考えるきっかけになった。

ある人からみたら若者でもあるし
ある人からみたら若者ではない
30代のまんなかを過ごす彼は「自分は狭間にいる」と表現した。

「若い人のゆらぎとか余白とか、もやもや、現状をかえたいとか、成長の種だなと思って。すごい、いいなって思って。」
若者をフックアップしながら、自分もチャレンジできるくらいにいた方がいいと感じたことを監督さんに話すと「もう一回撮ろう」と、2つ目の映画、圭さんが主人公のドキュメンタリー映画が出来上がった。
「図らずして映画になったというか、面白いんですけど」

彼の中をふつふつと流れる熱量はじわじわと周囲に伝わる。そして魅力的に人を動かす。
本人は「熱量はあんまり見せたくないんすよ」とぽつりと言いながら目の前のお茶碗に視線をおとしたけれど
その熱量は、彼の言葉からもANGLEという場所の動きからも、手元のお茶碗からも、全くどこからも見えている。

「今回の映画もラッキーですね。ちょっと恥ずかしいけど、でも面白いです。どう見られても自分自身だからまあいっかって感じなんですけど」
自らをこつこつじわじわ積み重ねていく、素直でかっこいい人だと思った。


 岡崎に来て6年。変化したひとつは結婚、そして子供ができて長期的な視点を持つようになったこと。
娘さんの朝ごはんを用意するのがルーティンになっているらしい。家族という存在によって暮らしのイメージがまたひとつ増える

「自分の仕事の面白さとか自分のやりがいだけじゃないところに視点がいくようになったのは面白いなと思いますね。自分の街に対してもそうだし、スタッフも若手を入れるようになって、下の世代のことを考えるように。」

この街での“暮らすイメージ”をいくつも想像していて、そのひとつは自らでもある。
自らが働いて稼ぐことも大切と言った圭さんは「職という部分の選択肢を増やしたい」と次の世代に向けて、街の新陳代謝のような動きも創り出すのだ。
「本気で仕事ができる環境がある方が。そういう選択肢が増えるといいなと思って。」

「新卒時代の自分がいま目の前に現れたら?」と聞くと、ぐっと深く腕を組んで苦笑いをして黙り込んでいたけれど、その姿を見て、熱量を受け止める側になっていく狭間にいるのかなと想像した。

「やればやるほど深みが出てくるというか、仕事もそうじゃないですか。ゴールないし、こだわればこだわるほど、自分なんてまだ3年なんで、まだまだです。だから楽しい。」
圭さんの仕事はどれも「楽しそう」という印象がする。

「ご機嫌でいるって大事だなって思うんですよ、自分の心の持って行き方じゃないですか。ポジティブに持って行く癖」
顔に出る時もあるけどねと笑いながらも
保育園から大学まで続けたサッカーで培ったマインドが今も支えになっていると言った。


 帰り道、圭さんに教わったANGLE近くのコーヒー屋さんに寄った。店主の女性にANGLEで教えてもらって来ましたと伝えると「そうなの!」と1段階、いや、3段階くらいに笑顔が明るくなって、カウンターのマダムたち(買い物帰りの方とお散歩の途中の方)も一緒になって話をしてくれた。

岡崎にはいまもこの先も、暮らしがある。
この街にまた来たいなと思う、優しい日だった。







《今回のお茶碗の持ち主》

圭さん / ANGLEの人
1989年生まれ
宿泊という視点から地域のものを見出している人
ものごとを柔軟に受け取る能力を持っている。
岡崎の街の大切な拠点であるマイクロホテルANGLEを軸に持ちながら、現在は発信する仕事もしているそう。プロモーションやディレクションの仕事の依頼が増えているのはANGLEが岡崎にとって大切で、魅力的な場所である証拠だと思う
型じゃないなにかに魅力を感じる人がいたらぜひ一度、岡崎を訪れてみては!

Instagramにてお茶碗トーク当日の様子を公開中
@ochawan_misete


この記事が参加している募集

この街がすき

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?