【虎に翼 感想】第50話 寅子、完全復活
寅子、完全復活
「桂場くん、私はまた、問題を起こしたかね?」
穂高教授にも、何度かやらかしている自覚はあるようだ。
「私は、好きでここに戻ってきた。好きでここに来たのです。それが、私なのです!」
寅子は怒りに震えながら、ドアを思いきり閉めて出ていってしまった。
予測していなかった出来事だったが、桂場の言葉どおり、教授のおせっかいが寅子の背中を押してくれた。
思えば寅子の背中は忙しい。花岡の婚約が判明したときは、押されるというよりは思いきり蹴られたくらいの勢いでお見合いを決意したし、妊娠したときは、穂高教授、雲野弁護士、岩居弁護士の3人に休めだなんだと言われ、婦人弁護士として背負っていたものを後ろから剥がされて、それで結局、弁護士を辞めたのだ。
優三さんは、いつものベンチで待っていた。「深呼吸して」と、落ち着かせてくれる。優三さんはアンガーマネジメントも完璧だ。
寅子が怒りを抑えようとしている姿に涙が出た。仕事をしていても、していなくても、生きていれば、このような思いをさせられたことは多くの人があるだろう。そんなときどうするか。歌をうたってもいい、走ってもいい、ひたすら文字を書いてもいい、集中したり反復することで心を制することができる。
寅子はどうか。日本国憲法の第11条から第14条の、第1文の個所を続けざまに読み上げていった。そして、決意した。
“自分を取り巻く環境は何も変わらない。でも、この憲法がある。好きで戻ってきた以上、私が私でいるために、やれるだけ努力してみよう”
優三さんは、日本国憲法そのものだ。”憲法がある” ということは、常に優三さんを携えて生きていけるということ。もう安心ではないか。寅子は、隣のベンチに微笑みかけて立ち上がり、”好きで戻った場所” へ向かっていった。
優三さんは、もう現れないのかもしれない。
“私はもう大丈夫だから” と、そう伝えたように思えたから。
民法改正案、成立
会議が再開した。
途中までは孫娘と話しているかのような相づちを打っていた神保教授に、先生が生徒に話すかのような「大きなお世話である」の言い方をした寅子に笑った。絶妙な言い回しがとてもよい。神保教授にもの申せるのは穂高教授くらいだっただろうから、他の男性陣も内心、プププとしていたのではないだろうか。
「名字ひとつで何もかも変わるだなんて、悲しすぎます。私たちは、多くのものを失ったのですから」
私も、結婚して夫の名字に変わった者の一人だ。結婚が決まったとき、夫も含めて周囲の人間は誰一人、「どちらの名字になるのだ」とは尋ねてこなかった。
しかし、夫の名字になるのが当たり前だと思ったわけではない。双方の家族構成などを考えて、自分で決断しただけの話である。
名字で自分の人生が左右されるなんて思っていない。どの名字であっても、私は私だから。
寅子も問いかけていた。
「息子が結婚して妻の名字になったら、息子の家族に対する愛情は消えるのか。私は、娘が結婚して夫の名字でも佐田の名字であっても、私や家族への愛が変わるとは思わない」と。
現代においても、夫婦に上下関係を作り、縛り付けておかないと不安で仕方ない男性はいる。個人一人ひとりが自分の中に確固たる芯を持っていれば、互いに尊重し合える家族関係を構築できるはずだ。
神保教授を老害だと一蹴したくはない。教授の物言いにも、家族のあり方に対する深い考えがあるように感じたからだ。
実際に教授と寅子のような議論が行われたことを象徴するように、民法第750条(夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する)に加えて、第730条(直系血族及び同居の親族は、互いにたすけ合わなければならない)も紹介された。
第730条は、初めて読んだくらいの感覚だ。
パラリーガル時代には、職場に『セレクト六法』を置いていたが、仕事で必要な手続きに関係する条文しか読んでいなかった。例えば相続の案件で、誰が相続人になるか、相続割合はどうなるか、というときだ。
同条は、たしかに必要なさそうな条文だが、さまざまな議論が展開され、折り合いをつけながら成立したことがうかがえる。それを象徴する条文として紹介されたのだろう。
夜、寅子は、民法改正案を、はるさんと花江に読んでもらった。はるさんは老眼も始まっていそうで、読みづらそうだ。
そして、内容のことではなく、シンプルな疑問を呈してくれた。カタカナが読みにくいと指摘してくれたのだ。
これにヒントを得た寅子は、条文を口語体にすることを提案する。
素人の感覚は意外と大事だ。ずっと弁護士を近くで見てきた者としては、それを実感している。頭が良すぎる人は、難しく考えすぎて話をややこしくしてしまうことがあるのだ。くれぐれもご注意いただきたい。
昭和22年7月、民法改正案は、無事、国会に提出された。
桂場も辛酸をなめていたようだ。寅子が弁護士を辞めてからしばらく登場していなかったから、初めて知ったことである。それならば、無事、出世街道に戻った今、思う存分ジャムをなめてもよかろう。
昭和22年10月
いつものベンチでお昼を食べる寅子。
“最近、会わないな~” くらいに考えていたのだろうか。
職場に戻ると、部屋がいつもより暗い。
とうとう来てしまった……このときが……花岡の死が……。
次週予告
稲垣との再会や、新キャラに触れたいが、それどころではない……。
最後に映ったのは轟なのだろうか……もう少し早く帰って来てくれたらよかったよ……。
猪爪家の戸籍の記載、更新しました
昭和22年の民法改正後、戸籍のあり方も大きく変わりました。戸主や家督相続がなくなり、家単位だったものが、夫婦単位の戸籍に改められました。
『第5週番外編~元パラリーガルが猪爪家の戸籍の記載を想像してみた』の記事に、最新のものを記載しました。よかったらどうぞ。
「虎に翼」 6/7より
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