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生きづらさの原因は、日本の歴史を学び直すことで気づけるかも②

古代史に興味を持って調べていたら、日本人はもともと多様性があったということを知り、「画一的な生き方じゃなくていい」と気づき、生きるのが楽になりました。

この本は、新版です。初版は、2010年です。テレビなどでは報道されないようなことも、本だと知ることができますね。

今回は、かなり直接的に表現されている部分を紹介します。

“天皇家の神話を見ると、先住民族と結婚したとはっきり書いてあるわけだから。“

“自分たちがハイブリッドだったり、権力の構造が雑食でできているのを隠す必要がなかった。“

“日本人が多民族であるのは、顔を見てもそうで、アジアのあらゆる顔が日本にあるでしょう。“

日本人が多民族であることを隠さずに、そのままでよかった時代があったんですね。今の日本も、多民族と思ったら、地方によって郷土料理が違っていたり、考え方が違っていたりするのも、「違う民族だから、違う文化なんだな。」と寛容に捉えられる気がします。


“神社もそうですね。いろんな部族の信仰の跡だったのを、神道の神社っていうことにしちゃう。“

これは、去年、初めて寒川神社に行ったときに思いました。「神社」とひとくくりに表現されているけど、それぞれの神社に隠されている信仰は違うという感覚が素人の私でもありました。

寒川神社のエネルギーがすごくて、どうしてだろうと思っていました。noteの記事で、私が知りたかったことを書いてあるものを見つけました。


“京都のお寺で感じる洗練された仏教とはちがって、土着信仰も平気で許すような野生的な仏教。いろいろな要素が複雑に接ぎ木されてるんだけど、融合はしてないんですよ。しかも、東大寺というのは、当時の国家の中枢の寺院だったわけですからね。“

これは、奈良時代から続く東大寺二月堂のお水取りを見た後の対談の部分です。1200年以上、毎年続いている行事です。

私は、初めてこれを聴いた時、「グレゴリア聖歌じゃん。」と思いました。

いろいろな文化が混ざっています。融合ではなく、くっついている印象をもちました。なぜが、マーラーというクラシックの作曲家のことも思い出しました。


現代は、画一的なのが当たり前みたいな風潮が大きかもしれませんが、古代史を学ぶと、多様性だったという気づきばかりで、気持ちが楽になります。

私は、日本が好きなので、もっと日本を知りたいなと思っています。日本を知って、他の文化も知って、豊かに暮らしたいです。






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