見出し画像

めぐりめぐって。


どうなんだろうねぇ。

寒さは僕らの意識をも、

縮こまらせてしまう。


換気したくても嫌がる人らは

結構、多いですよね。

最近は寒いときは、あったかく。

暑いときは、涼しく。


これがもう年がら年中

当たり前の状態だから。


寒波がやってくる。

気をつけろと。

換気よりも、暖かいまま居たい

寒さを感じたくない気持ちが

上回るだろう、残念ながら。


家庭内での感染がまた増える。

みんなずっと家にはいないから、

それが見えない形でまた市中感染に

拡大していくんだろうなぁと

推測しています。


みんなが自粛して抑え込めば

まだイメージが湧くんですけど

そんなことしないでしょ?

絶対動いて、まき散らす形になって。


でもやっぱりアレですね・・・

そもそも論で感じるのは、

カタチだけマスク、アルコール消毒。


この状態にまた戻ってきていて、

コロナ慣れで意味や意識が

各自、どうしても薄れてきている。

社会全体のニュアンスとしてね。


でも、徹底して守らせようとすると、

相手ばかりにストレスをかけるから

嫌がられて、うまくいかない。


相手に自覚させるようにもっていく。

人を殺さず城を開けさせるみたいな。


もう一度、マスクの意味を考えると

他人にうつさないため。

これが第一。


自ら自分の飛沫を予防する

という意識。

他人が飛沫する行為の

リアクションで、受け身で

自分を守るのではない。


自覚を促す意味ですよね。

「近所のジジイがマスクしないで

タバコ吸いながらせきこんでいる」


野放図なジジイを

イメージしてみましょう(笑)


この行為を「周囲が」気にして

マスクするのではない。


近所の「ジジイ自身」が

気づいて自覚して、マスクをすること。


せきこむ時と場所を

意識させることによって、

各自が自分自身で

感染予防の意識を高める

ということでしょ?

それが、全体の意識につながると。


ちょっとややこしいですね、

文章にすると。


ジジイそのものを悪と見立てて、

「悪から自分を守る」マスクではない。


悪にマスクをさせ、自覚を促すことで

行動に変化を起こさせようというもの。

ジジイがマスクして、行動が変われば。


この行為、よく考えてみてください。

自分が感染しているかもしれないから

他人にうつすといけないから。

・・・マスクをしている。


ということはですよ、

すでに自分も無症状感染者である

可能性があるから、という意識。


この状態で、もう半年以上過ごした。

ということは、ワタクシも

何度も書いてますが・・・


私たちは、すでに感染している。

微量ながら、感染していて

症状として現れるかどうかの違い。


この意識になるほうが、

自然なんですよ。


それでもまだ、

「感染したくない」という

意識が上回ってきていません?


コロナが自分の体内にゼロだと

思い込んでいませんか?


マスクも消毒も、自分を守るのではなく

他人のために、意識的に守る行為。

それが巡り巡って、自分を守るというもの。


この考え方っていろいろと

応用できるはずですよ。

お金の遣い方もそう、人の活かし方もそう。

想像してみるとわかります。


マスクをするのは他人のために。

巡り巡って自分のためになる。

お金もつかうのは他人のために。

巡り巡って、自分に還ってくる。

他人に手を差し伸べるのも、

巡り巡って、自分のためになる。


いろいろとヒントになること、

ちまたにはあふれているんですよね。

みんなが他人のためになれたら。


日本人はこういうこと、

得意なはずです(笑)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?