ネット記事のおぞましさ。
ふと思った。PCで開いてた
目の前のヤホーのトップページ。
文字だけの最初の新着トピックス以外は
写真が左に、右に文字のこの記事一覧。
下にズラ~っと、いくつあると思います?
純粋な広告やグレーな広告記事を除くと
約380記事が新旧合わせてラインナップ。
そのほとんどが見出しの一行や二行で
必死に釣ろうとしてるんだけど
冷静になれば、「あ、そう。」って
目をそらすことも可能な情報。
見なきゃ見ないで
入れなきゃ入れないでいい
何にも足しにならない情報
そういう記事ばかりが並んでいる。
中には楽しみに録画しといた
ドラマなどテレビのネタバレ記事も
もうやりたい放題だ。
実際、この手の記事は
誘導や宣伝、いろんな意図があり
見てもらうことを目的としている。
これはもう彼らの商売であって、
もう情報でもないレベルのものも並ぶ。
情報を私たちも得たいのかといえば
そうでもないでしょ?
そんな得たくて、調べたくて見てる?
望んで見ているもんでもないでしょ。
ほとんど、ダラ~っと穴埋めする感覚で
流し見してる感じでしょうから。
近い人間関係の間でのやりとりの合間。
そのやりとりが少ない人たちほど逆に
ネット記事をムダに見て、ムダに怒る。
メディアにも利用されている始末で。
広告収入に協力してるだけですよね。
冷静に考えたら、自分で考える前に
他人の考えを見たり、聴いたりしてしまう。
これって自分の意見が育たない環境で。
参考書が多すぎる弊害ってある。
成果ばかりをすぐに欲してしまう。
ガマンせずにすぐに答えを探すクセ。
考えなくなるんですよ、ホントに。
自分の頭でいろいろと考えたり
想像したりすることって重要で。
そこから正解を知ってしまうと
オリジナルな発想は途絶えてしまう。
そういう怖さに気づけなくなる。
少なくとも正解の情報のバイアスが
純正ですって顔しながら寄ってくる。
デジタルネイティブな若い世代は
案外、これから参考書的な物事では
ない方向に興味が向くのかもしれない。
返って中年以降の世代のほうこそ
どっぷりハマってしまうのかも。
若い世代ほど取捨選択がうまくて
必要な情報だけで踏み止まる
情報リテラシーがあるから。
なんとなくページを開かされ、
スクロールして写真や文言に釣られ
閲覧しつつ広告収入に協力する私たち。
暇つぶしで彼らにお金を与え、
彼らはまたダマすように下請けに
やっすい値段でやっすい記事をつくらす。
その繰り返しのなかで閲覧消費活動を
私たちは奨励させられ続けるんです。
その記事のおかげで余計なトラブル
余計な対応、余計な感情を生ませる。
余計な、ものなどないよね~
ぬぁああああ~すぅべてぃが
君と僕ぅとぅのぉ~
おぞましい。
ASKAの声がではなくて。
迷わずに~、SAY YES
言うとる場合かってね。
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