「ジョジョと福祉・人生観」ブログからそのままコピペ【2006/03/13(月)01:40】

ジョジョの奇妙な冒険より

 …という事でただいま仕事を終えて帰ってきましたので本題にはいりませう。
 今回紹介するのはこの作品からの名場面の1つです。



 そうです!荒木飛呂彦先生の代表作品であるジョジョの奇妙な冒険です。新シリーズを含むとコミックスも70巻にもなる脅威のロングセラーであり知っている人も多いかと思いますが、独特なストーリー展開と画風をお持ちの為、中には「キモイ」「怖い」「難しい」などと倦厭される方も少なくないのも特徴かもしれません。しかし、この作品ほど名場面・名台詞の豊富なものはありません!!(←言い切る!)
 原作を知らない方の為に作品の紹介をしたい所ですが、あまり原作知らなくてもいい場面なので省きます。興味のある方はコミック買って見てください。


☆場所はイタリアのとあるオープンカフェのようなところ。主人公の一人がパスタを食べているシーンから始まります。「ガチャ、ガチャン、パリーン!」そのそばで何やら割れた空きビンを選り分けている一人の警察官がいます。主人公の一人が話しかけます。
「ああ…そんなとこで…何してんだい?おまわりさん。」




「食事中すまないね。今捜査中でね…『指紋』を探している。昨夜向かい側の歩道で強盗があってね。被害者はビンで殴られたんだ。割れて飛び散ってね…でも歩道には破片が全部そろってない。」

無数にあるビンの破片から指紋が取れる部分を一人で探しているとの事。そこでたまらず聞き返す。
「参考までに聞きたいんだが…もし見つからなかったらどうするんだい?『指紋』なんて取れないかも…いや…それよりも見つけたとして、犯人がずる賢い弁護士とかつけて無罪になったとしたら…。あんたはどう思って…そんな苦労をしょいこんでいるんだ?」それに対し警察官は平然とこう言う…




「そうだな…私は『結果』だけを求めてはいない。『結果』だけを求めていると人は近道をしたがるものだ…。近道をした時 真実を見失うかもしれない。やる気もしだいに失せていく。」




「大切なのは『真実に向かおうとする意思』だと思っている。向かおうとする意思さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしてもいつかはたどり着くだろう?向かっているわけだからな……違うかい?」


…と、この後の展開を書くとこれからジョジョを読む人にとって面白く無くなるのでここまでにします。(ちなみに私はこの後数ページ読み続けると泣きます。そんな展開です。はい。)

皆様わかります?伝わりましたか?今われわれが生きている現代は結果ばかり求められる世の中です。人口が多くなり、情報が多くなり、判断する事が多くなり、効率よく毎日を過ごす為に表面だけを見て物事を決めてしまう事が圧倒的に多くなりました。「毎日コツコツ勉強して、試験日の朝に痴漢に遭い、40点だった不運な女の子」より「日々遊びほうけていても、カンニングとヤマ勘が得意で80点だった女の子」の方が評価されてしまうのが現実です。「プライベートの時間も削って残業し、地味だけど誠実でいい仕事をする男」より「お客や上司に取り入って、ろくに仕事もできないしやらないが目立つ男」の方が出世してしまうのが現実です。だから誰もがそんな現実を生き抜く為にとにかく『結果』を出す為に嘘をついたり、人を陥れたりするようになっていくのです。ただし私は、それが悪いとも良いとも思ってません。楽に生きるには必要かもしれませんし、まじめに生きても生き辛い世の中なのかもしれませんし…。しかし、私が声を大にして言いたいのはここからです。

「その理屈を福祉の現場に持ってくるな!!」



って事です。障害者や高齢者、いわゆるハンデを背負った方々は結果を出す事がとても苦手です。出すのに時間がかかるだけではなく、非常に小さな結果しか出せない場合もあります。にもかかわらず、福祉に携わるプロたちでさえ

ちょっと会話が上手くいかない利用者様に対しても
「あの人とは相性が合わないから私はおむつ交換しないわ。」
と直ぐに白か黒か決めたがる。たまたま話す事が無いだけかもしれないのに。

ちょっとリハビリの効果があがらければ
「明日は違うリハビリにしましょうね。」
と、まともなアセスメントもせず、本人の意思も確認せずに勝手にあきらめる。

こんな事が医療福祉の現場でも日常茶飯事になっており、回復や発達の可能性が十分に残っている、秘めている方もたくさんいるのに勝手にあきらめる。本人もがんばりたいのに言葉が上手くなかったり、表現が下手だったりし、伝える事もできずに悲しい思いをしている事も多くあったような気がします。
本来
『実施』→『過程』→『結果』
となる所が
『実施』→『結果』
となっているわけですね。『過程』が無かったり、あっても良く見ない為に『結果』が良くても悪くても何が原因でそうなったのかわからず、失敗が繰り返されたり、成功してもより良くする方法が見えずマンネリ化したりしてしまいます。
『結果』を急ぐあまり、望まぬ『結果』を出してしまう事もありますね。
 そこで

『真実に向かおうとする意思』



が大事なのです。それさえあれば目的地には必ず着く。それさえあれば「最速で」とか「最短距離で」とかの意味が薄れます。ゆっくりだって良い。遠回りだって良い。止まっても、寄り道したっても良い。もしかしたらその『過程』で幸運に気づくかもしれないから。ゆっくり行けばきれいな花に気づくかもしれないから。遠回りすれば素敵な人に気づくかもしれないから。一度立ち止まってみれば自分の素晴らしさにも気づくかもしれないから…。障害者や高齢者達は、いや…人は誰しもが『過程』を見てくれる人を、『過程』を見る器のある人を望み求めているのかもしれません。何故なら、
『結果』とは『表面』に過ぎず、『過程』とは『中身』
そのものなのだから…。



…と、こんな感じでいきたいと思ってます。え!?専門的な話が無い?それはまた今度にします。こんな乱文、偏分を、ここまでお読みくださってありがとうござりまする。それではまた~!

↓追記
好きなキャラは第三部と第五部に活躍した
ジャン・ピエール・ポルナレフです!
「シルバーチャリオッツ!」
格好良く、だけど面白いキャラを演じさせられる運命にある人。
しかし、最後の戦いは泣いた!第五部にも出てるし。

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