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Googleは古墳の入り口を教えてくれない。

「朝8時にみんなで家を出て、各々勝手に走りましょう」
調子に乗ったイベントを立ててしまった。朝8時なんて、我が家のロボット掃除機が起きるよりも早い時間だ。
言い出しっぺであることと、部長を名乗っている責任感から、何とか起床して、Zoomに集った今日走るメンバーに挨拶をする。全国的に雨模様で、すでに走り出して外の景色を映している人もいれば、チャットだけで参加する人もいれば、映像も音声もオフで全く応答しない人もいた(ような気がする)。
いってらっしゃい、いってきますと声をかけてからZoomを退出し、小雨の中を散歩しながら心身を起こしていく。行き先は、最寄りの古墳。数日前に古墳って意外と身近にあるよと聞いていたので、Googleマップで調べたら、本当に3kmほどの距離にあったのだ。

Googleに導かれるまま教会の近くを少し歩いたところで、白髪のおじいさまに声をかけられる。
おはようございます。お、おはようございます。今日は1日雨みたいですねぇ。これ、雨合羽なんですよぉあはは。それはいいですねぇ。
靴も防水でズボンも水着で準備万端だったが、それは伏せておいた。今思い起こすと、金銭のやり取りなしに、お互いにマスクなしの状態で全く知らない人と目を見てその場で会話したのは、数カ月ぶりのできごとだった。
コインランドリーの忙しなくあたたかい香りに、朝を感じる。ゴミ袋を慣れた手付きで片付ける収集員の方の背中に、思わず頭が下がる。市場の近くでは、働く男たちがコーヒー、サイダー、お茶などなど片手に談笑している。公園のベンチで鳩を手のひらに留めて見つめている人の姿に、目を奪われる。

2kmほど歩いてようやく調子が上がり、いざ古墳へ走る。
…走り始めて数分で、Googleが「お疲れさまでした」と到着したことを教えてくれるが、古墳らしき姿はない。地図を拡大しては付近を散策する。マンションの横にある階段を降り、公園やテニスコートを抜けて、何とかお目当ての古墳の入り口であろう階段を見つけ出す。木々に覆われていて形もよくわからないし、古墳と調べなければ、絶対に古墳とは認知できなかった。
階段を登って、鳥居をくぐる時、マスクを外した。1基、2基、3基…いくつも鳥居がある系の神社は、何度頭を下げればいいのかが未だによくわからない。苔とか、何匹もいる狛犬らしき小さな置物とかを眺めながら、一周してみる。ゆるやかなカーブに沿って階段を上り下りしていると、古墳の上にいるのだ、という気分になる。

まだ2km散歩して1km走っただけなので、さらに近くの古墳を探すと、6kmほどの距離に発見。また走り出す。古墳to古墳、なんて原始的なランニングなんだ。
Googleが示す古墳への最短距離を走ると、立派な墓地の横を通りがかったり、大きな神社を通りがかったりする。その頃の人たちも、この道を通ったのだろうか。いったいどんな身分、仕事の人が、古墳から古墳へ移動していたのだろう。庶民は移動しなかったのだろうか。
大きな神社の後には、韓国料理屋や、スパイダーマンが壁に貼り付けられた飲食店が並んでいる。私の家には国内外問わず色々な国で作られた服が積んであったり、棚が怪獣のフィギュアで埋まっていたりする。古墳の時代に生まれていたら、どう生きていただろう。狛犬のフィギュア…ではなく焼き物をせっせと集めていたのだろうか。少なくともとんでもない方向音痴なので、あっちこっち走ることはなかっただろう。
夏時雨と秋雨が混ざったような空気に身を委ねて走っていると、古墳への道筋を外れていることをGoogleが教えてくれた。

明らかに正面の入り口ではない、細い砂利道を通って古墳の入り口へ辿り着く。こちらも神社と一体型のようだ。本日2基目の古墳には、先客が2名。サンバイザーをかけた一人は、小窓のような部分に手紙のようなものを差し込んでいた。どこか異国情緒漂う派手なシャツを着たもう一人は、お経のようなものを詠み上げていた。またもや階段を登ったり降りたりしながらぐるっと回って、古墳探訪を終える。

走るきっかけにさえなれば、目的地が何であるかは、正直言ってあまり気にならない。古墳の事前知識は、古くて偉い人のお墓で貝とかがあるかも、ぐらいしかなかったし、特に更新されてもいない。“こふん”という語感が一番お気に入りのポイントだ。

Googleは古墳の入り口を教えてくれない。しかし、そこに古墳があることは教えてくれるし、(あと、古墳の数え方も)、それで十分なのだ。目的地までの過程を自分の思うがままに遊べることが、走ったり歩いたりすることの楽しさなのだから。

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