五十嵐早香のnoteは何故面白いのか?第2回「美しく孤独な死とクズでも共に生きることについて」


 皆さんは、国語の授業って好きでしたか?
 僕は10年ほど関西の教育業界にいて国語の先生をしていました。
 関西の私立トップ6中学すべての合格者実績全国1位を独占するところで、まあまあ大きな会社で東大とか京大でのエリートの皆さんが働いていました。僕はというと「七人の侍」でいう菊千代枠で( 菊千代は、侍の家では無く百姓の出です )、ただの叩き上げでした。ちなみに、なんでそんなやつがやってこれたかというと、テキストとテストとカリキュラムが良かったからです。人間はあまり関係ないと当事者としては思っています。システムが圧倒的でした。
 さて、少し僕の話になったので、国語の授業の話に戻ると、あれは「韻文」つまり、詩とか短歌の授業の時ですね。
 この言葉はプラスのイメージだろうか?
 マイナスのイメージだろうか?
 という読み解き方をしたことがあります。
 ちなみに、大学院で近代文学と現代詩を研究していた人間としては、完全に魂を売った読み解き方ですが、国語という多くの日本人が学習していく科目の「常識」ではありました。
 「みんなと一緒に」。
 うん、プラスの言葉だね。
 「クズ」。
 うん、これはマイナスの言葉、っていうか使ったらダメだし、なっちゃダメだね。
 ただ、この読み解き方は、テストで点を取る為には正解かもしれません( 模試とか作ってた人間が言うんだから間違いない )、非常に窮屈ですし、考え方を狭めます。
 
 今回の五十嵐早香さんのnoteは、そんな誰かのつくった「常識」をひっくり返す素晴らしいものでした。

 いやあ、切実さが今回のnoteにはありましたね。
 じゃあ、内容をじっくり見て行きましょう。
 まず、疲れについて語られます。
 「一人になりたい」という思いが、みんなの中にもあると。
 そこで、早香先生は「独立記念日」という一人にならなければいけない日を提案します。独りになるというのは、自分の精神のチューニングにもなると思いますしね。

 しかし、次の段落で早香先生は「そう上手く行かない」と否定します。
 コミュニケーションから離れて一人になる逃げ道は、なかなかないです。家族もいるし、会社もあるし、学校もある。そこには当然ですがコミュニティーもあります。じゃあ、そんな逃げたくても逃げられない人たちはどうするのか。
 死しかないのか、と早香先生は悲嘆します。
 もう一つの選択肢として、「クズ」になってはいけないか、と早香先生は問題提起します。早香先生のブログだと珍しい問題提起型の文ですね。
 で、ここからはまず、「常識」の設定です。
 死ぬことは「心の弱い優しい人」を「常識」は作ります。
 死なずに逃げることは「無責任なクズ」を「常識」は作ります。

 その「見えない常識」に対して、早香先生は「死んだからといってやっていることは変わらない同じクズだ」とNOを突き返します。
 
 これはですね、文学というものにも責任があると思うんですよ。
 自殺を甘美なものに描いてしまった作品もいくらでもありますし、僕自身、大学の学部では遺書の研究をしていたので、「死」を美化する側の気持ちも分かるんですね。
 でもね。
 死んだからといって、目の前の問題が解決するかというと、そうとは限られません。残された人たちにはその問題が残る上に、悲しみも味わうことになるでしょう。
 
 そこから、早香先生は、クズになる選択をする方を肯定します。
 自分一人がクズではない、生活の中ですれ違う関係のない第3者もきっとクズだと言います。
 そう考えると、少し気が楽に僕はなります。
 みんなクズな部分があるけど、バランスを取って生きている。
 昨日までクズだった人もいるかも知れないし、今、この瞬間にクズになった人もいるかも知れない。「美しく心弱い人」になるかわりに人生の時間が終わってしまうよりも、クズになることを恐れないでほしいと早香先生は提案します。

 そして、最後の一行。
 「一緒に」生きることを彼女は願います。
 直前で「生きろ」ということは軽々しく言えないと書いたからこその切実さがあります。
 
 読み始めた前と後で「クズ」という言葉の意味が、皆さん、ガラッと変わったんじゃないでしょうか。
 僕もこんな国語の授業が出来ていたら、どれだけ楽しかったかな、とふと思いました。
 そうそう、一つ補足です。
 「独立記念日」というコミュニケーションから独りになることを提案しつつ、最後の「一緒に」生きるという表現は、コミュニケーションを取りながらの「一緒に」ではなく、クズとして逃げ出しても、世界のどこかであの人がまだきっと生きていてくれるという意味の「一緒」にではないか、と僕は読み解きました。

 久々のnoteでしたが、素晴らしい内容でしたね。
 976文字だから原稿用紙2.5枚の小品ですが、切実さが感じられる素晴らしい内容でした。
 
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