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38歳の夏休み
今年の2月に関西から愛媛県宇和島市に帰郷してから、僕の暮らしはガラッと変わりました。
18歳から故郷を出て、関西に住んで一番驚いたのが電車が通りまくっていることでした。僕が一人暮らしを始めた奈良県の大和西大寺は、京都や大阪難波までなら片道500円程度で行けました(今なら580円ぐらいでしょうか?)。10年ほど勤めていた会社は、本社が兵庫県にあったんですが多分、片道860円の1時間20分ほどで着いていたかと思います。
電車で移動しながら本を読む時間が楽しくて、鞄の中には何冊か本が入っていました。
休みの日には映画を観る為に電車に乗り、アイドルのコンサートの為に新幹線に乗る、なんてことをしていました。
※写真は僕が住んでいた町、大和西大寺の駅の乗り換え案内です。わりと色々なところに行けますね。
ところが、うまく世の中と握手が出来なくなって、実家で暮らすことになりました。こういう時って、今まで僕が読んだ本や勉強してきたことも、世の中の物差しと全然合わないんだな、という無力感を抱いて過ごしていたと思います。
さて、僕が帰った町はJR四国の予讃線の最果てにある町で、県庁所在地の松山駅まで行こうと思うと片道3000円ほどするし、2時間近くかかるというなかなかの僻地です。
更に僕は車の免許を持っていないので、移動手段がかなり限られてきます。田舎に住めば住むほど、車と免許を持っていないとここまで暮らしや行動範囲が狭まるとは、と帰った直後は衝撃を受けていたものです。まあ、言葉を選ばずに書くと、暫く大河ドラマ「西郷どん!」でいう幽閉時代が来るのかなあ、人生しくじっちゃたな、とどんよりしていたわけです。
職が決まるまで毎日暇なので、ふと、愛媛県宇和島市出身のアイドルであるSTU48の兵頭葵さんが、Twitterで紹介していたところでも行ってみるか、と思い、自転車を走らせました。
※初めて兵頭さん縁の地に行った時の記事はこちら!
今改めて読むと、めちゃくちゃ探り探りで書いてますね。
初めてこの記事を書いた時に、宇和島に帰ったことで「何かを失ったのではなくて得たのだ」と書いてますが、まだ「何か」が分かっていない状態でした。
そこから兵頭葵さんが紹介したところを、自転車で巡り始めます。
多分、関西に住んでいた時だったら、「電車でいきゃいいじゃん!」とか「いやあ、自分で行くのはしんどいから遠慮しとくよ」と思うところに自分の足で自転車を動かして行ってみることにしました。
特に第3回で九島という島を外回りに10キロ走った時は、自転車で走る楽しみを意識し始めました。
この回はとにかく、「ううむ」を使いまくっている印象があるんですが、「STU48の曲は自転車に合う」という発見をしていますね。いつか、自転車でのサイクリングに合う曲のセットリストを作ってみたいとこの時に感じたものです。
この辺りから、毎回読んでくださる方が出てきました。
読んでくれる方がいるなら、ちょっとしんどいけど、自転車で行けるところまで行ってみるか、と出かけるようになりました。
九島編では遠くに行きましたが、闘牛場編では登り続ける回でした。
自転車を降りてゆっくりと押しながら、上をふと見上げると桜がハラハラと散っていたことを覚えています。
そして、坂を自転車で降りて行く爽快感を思い出したのもこの時でした。
この辺りから、子供の頃に親に車で連れて行ってもらったトンネルの向こうの町へ自分の足で行くようになりました。疲れるだろうなあ、と分かっていながらも、どこかワクワクしている自分がいました。
また、職場の方々と話すネタにもなってきていたと思います。
自分の中で距離感がバグったのがこの回です。
僕の愛機のバルシャークは普通の自転車なのでロードバイクではありません。ギアも3段しかありません。そんな中、往復で42キロ走ったのは、なかなかの大冒険だったと思います。トンネルの中をヒイヒイ言いながら走りましたし、綺麗な海とあの匂いと潮騒を聞きながら走る気持ち良さがありました。
ちなみに、この記事の反省点は、津島から帰ってすぐに書き始めたので構成をもっと練れたんじゃないか、ということです。
暫くはネタ切れ期間が続くんですが、突如、兵頭葵さんの「#1日1宇和島」運動が始まり、急に毎週末にどこかへ自転車へ行くという日々が始まります。
すごい近場から。
果てしなく遠くまで。
この段畑編は何度も坂道を降りたり上がったりしたんですが、不思議と楽しかったんですよね。丁度、読者の方から「一杯の水」という曲を教えていただきましてね。
歌詞の中に素敵な1節があるんですよ。
「坂道が辛いと思わないのは何故?」
自分の足で目的に向かう楽しみと日差しの気持ち良さ、これって屋根が無くて自力で動かす自転車ならではの楽しみだよな、と感じます。
この時に「段畑」のてっぺんから見た景色と疲れた足を休ませながら飲んだ水の味は今でも覚えています。
時々、職場の方に「車の免許を取った方が色々なところに周れるんじゃないですか?」と言われます。もうおっしゃる通りなんですが、自転車で走る景色や速度が僕には丁度良いんです。ゆっくりと自分の足で進みながら、時々停まって考える。
たまに空を眺めてみたり、自分の足元を見つめてみる。
マシーンの機能で見たら物凄く非効率的なやり方だと思うんですが、「何かを失って何かを得た」のだとしたら、それはこの自転車に乗っている時間なのかも知れないと今では思います。
神聖かまってちゃんの「23歳の夏休み」のような気分で色々なところを走りました。
※公式サイトへのリンクはこちら。
社会人になったばかりの頃、関西でめっきり自転車に乗らなくなった僕は、この頃を聴いて田舎の夏休みを思い出していました。まさか、38歳になって似たようなことをすることになるとは。
兵頭さんの縁の地を自転車で走っていた日々は、「38歳の夏休み」なのかも知れません。
いいことばかり書いていますが、勿論、閉塞感を感じる時もあります。
なんだか急に世界が狭くなったぞ、という窮屈さです。
人間関係も良好かというと、全部が全部順調ではありません(特に文化的なものに対する理解や価値観は大きな差があります)。
自分の生まれたところに居るはずなのに、孤独を感じて、早くここから脱出して奈良の西大寺に帰りたいと何度も考えたこともあります。
「お前は全力で『ここが楽しい』と自分に言い聞かせているだけじゃないのか」と。
こうして考えると「土地」の魅力と「人」(コミュニティー)の魅力は全く別の文脈で考えた方が良いのかも知れません。
先日、朝6時30分から20時30分まで拘束される恐ろしい休日出勤を体験しました。場所は宇和島市と吉田町の境目ぐらいにある港町です。仕事が終わった時には、既に辺りは暗闇。
橋の向こうの港では、オレンジ色の灯りがぼんやりと夜の海の輪郭を浮かび上がらせていました。
人が少ないところなので、周りに誰も居ません。
耳を澄ますと微かに波音がします。
少し自転車を海の方へ走らせると街頭もなくなり暗闇の中に入っていく感覚がします。
ふと見上げると、10月の星座が肉眼でもわかるぐらい秋の空に散りばめられていました。
あれは、カシオペアかな?とか乏しい星座の知識で星と星を繋いでいきます。
ああ、いったいどれだけの星が輝いているんだ、あの星の輝きは凄く昔の爆発らしいけど、時間差で僕のことを見ている人も遠くにいるのかな?ひょっとして「暗闇」の2番のAメロの感覚ってこんな感じなのかな、とかぼんやりと考えました。
※「暗闇」の公式動画へのリンクはこちら!
気づいたら、涙が流れていました。
それは長時間労働の疲れのせいなのか、歌詞の世界観を読み取った感動からのか、それとも、もっと潜在的なものなのか、未だに論理が追い付いていません。
ああ、僕は何やってんだろ。
帰り道、神聖かまってちゃんというバンドの「26歳の夏休み」という曲を思い出しました。
それは神聖かまってちゃんがデビューアルバムで収録した「23歳の夏休み」から数年たって、最初はボーナストラックとして収録されていた曲です。太陽の下を走る「23歳の夏休み」の明るさとは反対に、とても静かなメロディーで夜の闇を僕はどこか感じてしまいます。
そこには、夏の終わりの寂しさと大人になって鈍感になっていく過程が描かれているからかも知れません。
※公式動画へのリンクはこちら。
ここでは、「欠片」を「懐かしさ」と言い換えていますが、僕も鈍感になっていく自分をなんとか保つ為に「欠片」を集める作業が、兵頭さんの縁の地を走ることに知らず知らずのうちになっていたのかも知れません。自分が足を動かしながら、その土地に新しい文脈を描いて行く。その「欠片」を集めて行く。
そりゃ、多分、ペダルを止めたらつまらなくなるんですよ。
きっと、コト的な豊かさはオンライン上には変わらずあります。
不思議なもので、今僕が世界を感じているのはパソコンやスマホのモニターの中です。
多くのライブが配信で見られるようになりました。
また、ブログやnoteを書くことで、自分のメンバーに対する考えや曲の解釈について多くの方と話すことができます。
コミュニティー的にも武蔵大学人文学部英語英米学科准教授の北村紗衣さんの言葉を借りるならば、「作品の周りに小さなコミュニティが生まれる」ということになっています。
時々、僕は顔も名前も声も知っている人よりも、会ったこともないアバターの方々に対して親しみを感じる時があります。距離感も丁度良いのかも知れません。
昔は、家のドアの外に世界が広がっていたのに、今はモニターの中に広がっています。
でも、どうしても僕はまだ家のドアの外の世界も諦めきれないみたいです。
それは自転車に乗って出会えるものなのか、それは分かりません。
でも、時々あの時間の中には宇和島市という「土地」を自分の文脈で楽しんでいるという気がするんです。ひょっとしたら、この町でこの場所の兵頭葵さんファン的な巡り方をしているのは、いま自分だけかもしれない。そう考えると、少しだけワクワクもしてくるんです。歴史的な魅力のある町だと思いますが、それ以外の町の魅力の作り方もあるんじゃないか、と。
たかがアイドルかも知れませんが、誰かの人生を、小さな町を、工夫次第で豊かにしてくれるものだ、と改めて感じています。それは思考停止的なものではなく、むしろ思考して身体を動かしつづけているからこそ、感じています。
次はどこに行って新しい発見をしましょう?
こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。