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甘美で身体的な古畑奈和文学のはじまり「Dying liar」

 2023年11月22日にNFTレコードから発売された古畑奈和ちゃんの新曲「Dying liar」はもう手に入れたでしょうか?
 限定100点という記念NFT的なものですが、2023年11月25日の21時頃に確認したところ、まだ入手できるので、気になる人はお急ぎください。

 ちなみに僕は、発売当日の12時ジャストに手に入れましたが、ナンバー47でした。素敵な町の数と同じナンバーですね。おそらく残りの数は微少ではないかと予想しています。

 さて、今回の「Dying liar」は、奈和ちゃんが作詞を担当しています。前作「鍵の在処」のカップリングの「Moonlight parade」でも作詞をしていましたが、今回は更に彼女が持つ文学性が前に出た作品になっています。

 前回の「鍵の在処」が精神の内面に潜っていくような歌詞でした。

 未だによく聴いていますが、素晴らしい疾走感。
 内面に潜り込んでいく鍵を探していく「鍵の在処」に対して、今回の「Dying liar」は、身体性を感じさせる歌詞で、人間という生き物が生きていく為に必要な「食べる」という行為のグロテクスさを連想させるMVも最高でした。本当に甘美でイチゴやケーキの匂いが香ってきそうな作品でした。

 それでは、この曲の歌詞の世界から見ていきましょう。
 まず、1番の歌詞は冷たさから始まります。
 そう、始まりは冷たさからなんです。
 しかし、そこから「貴方」に出会った僕は、この人で「息したい」、つまり、生きていきたいと思ったのではないでしょうか。もうこのフレーズだけで奈和ちゃんの言葉選びの素晴らしさを感じます。
 さて、次は相手からの笑みを「一適」おねがいします。
 相手の誘いに乗って触れてしまうと、そこからは「性(さが)」に染まっていきます。
 これは自分の本能的なものだけではなく、後の歌詞と比較すると相手の「性(さが)」も含まれるのではと僕は思いました。相手の色に染まっていくわけです。
 1番のサビでは、喉という食べ物を飲み込むために必要な人間の部位が出ます。ここを通過しないと身体には落ちていきません。「焦がれる」が、「恋焦がれる」と「焼き焦がれる」のダブルミーニングになっていて、技巧を感じました。どんな結末だって自分のせいにしてもいいよ、と僕は言うんですが、どこか納得いってない感じもします。「それでいいんでしょ」という言い方は心からの納得ではないですよね。
 吐き出した「嘘」は、どこか悲劇的なものを連想させられる「結末」を「僕のせいであるということを受け入れること」なのかもしれません。

 もう一番の内容だけで、とんでもなく危険な出会いをしていることが、限られた言葉から伝わってきます。また、「僕」と「貴方」との体温がぐっと上がっていることが分かります。「貴方」と生きる為には、「貴方」の「性(さが)」に染まっていく必要がある。それは、全部僕のせいになるとしても。そんな風に僕は読み解きました。
 さあ、2番の歌詞を見ていきましょう。

 2番は1番とは対照的に熱さから始まります。「ceek」と「秘密」を言い換えても内容としては、対応しそうな気もしますね。ただ、急に二人の関係はイニシアチブ、つまり、主導権を「貴方」に握られます。しかも、首を絞める時の「絞める」という字を使っているので、「貴方」で「息をしたい」という「僕」の願望はここで終わりを迎えるような気がしました。しかも、「貴方」はもう離れないんです。
 1番と比べて求めるものもより肉体的な「痺れ」に変わります。
 鼓動が重くなり、視界がくらんでくる。
 大丈夫でしょうか。
 言葉を失い、相手の罪を全部受け入れていくことになります。
 2番のサビでは、「恋」が焼き付くという衝撃的な状態になります。
 それはもしすると、「僕」が望んでいた「初まり」とは違うものだったのかも知れません。1番の「結末」とは反対の言葉がここでも選ばれていますね。2番に「初まり」を持ってくるのが面白いです。そして、やはりこの恋の始まり方にも「それでいいんでしょ」とどこか納得いかない感じが「僕」の中にはあります。飲み込んだ「愛」それは、1番に登場した「嘘」とイコールのものかも知れませんし、本来は「恋」だったものかも知れません。ただ、吐き出したことで、この「恋」は終わりを迎えそうな予感がします。

 大サビ前では、スローモーションのように「甘い未来」が消えて堕ちます。「結末」ではなく「未来」です。つまり、この二人の関係はもう無いのではないか、と不安になってきます。

 そして、大サビです。
 「僕」の「喉」はやはり焼け付いて焦がれます。
 ふと思ったのですが、この「嘘」や「愛」を吐き出したり、飲み込んだりする「喉」は「僕」自身の心かも知れません。
 どんな結末も全部「僕」のせいにされることに対して、ここで「それじゃ嫌だから」とこれまで受け入れてきた「貴方」を否定します。
 そして、「嘘」を押し付けて、「お生憎様」と言ってこの曲は終わります。
 「貴方」の思い通りになると思ったか?というような強さを感じる歌詞でした。
 最初に聞いたときは、僕はマゾヒズム的な世界観で終わらずに、短い歌詞の世界の中で逆転を生み出す作詞家古畑奈和の企みを感じる構成に感動しました。ああ、そう来るのね、と。
 肉体性でイニシアチブを握る「貴方」の世界に引き込まれていく「僕」が、ある瞬間にその「貴方」を受け入れる為に受ける傷のようなものを最後までは受け入れない世界を僕は想像しました。だから、「嘘」を相手に押し付ける。
「お気の毒様」、「お粗末様」、「お生憎様」という3つの言葉でサビがそれぞれ終わりますが、この言葉たちは、誰に対して言っている言葉なんでしょうか? 最初の二つは、ひょっとすると、自分に対して言っているのかな、とも考えました。特にお粗末様は料理をだした方が言う言葉なので、飲み込むという選択をしてしまった自分に対して言っているのかな、とも。
 ううむ、この曲、太田胃散の提供でまたお酒の番組があったら、是非、エンディングテーマにしてほしいですね。

 次は曲のメロディーなんですが、凄く怪しいものになっていますよね。何か階段を降りたり上がったりする時のようなリズムです。初めて聴いた時は、リズムを捉えるのが難しかったですが、慣れてくるとクセになる、まさに「誘いこまれて手を伸ばす」世界観です。
 メロディーに乗せて歌詞を歌うというと当たり前のようなんですが、サビのところは、どこか語りかけるような感じなのがいいです。

 全て合わせて感想を書くと、古畑奈和という作詞家の次の作品がもう欲しくなっている自分がいます。カップリングとして収録されている「幻影」も凄く良くてですね。僕の話になって恐縮ですが、今、自分の欠陥を凄く感じることが多くてですね。凄く励まされる歌詞になっています。「Dying liar」の歌詞が怪しい世界に入った官能的な短編小説だとしたら、優しいエッセイのような1曲です。こちらは、「何者にもなれなかった」ことを感じた人は是非、聴いてほしい1曲です。もうすぐ3冊目の雑誌のクラウドファンディングが始まるんですが、何度この曲に励まされたことか。いつか、こちらも記事にしようと思います。「いつか誰かのための幸せになりたい」というのも凄く今の気分にぴったりでした。

 一般販売は、11月29日ですが、もしチャンスがあれば、NFT版も是非、音楽無しの声だけのバージョンが凄いですよ。声だけで世界の輪郭を描いていくので、より彼女の表現力を感じられます。
 
前作「鍵の在処」の収録曲についての記事はこちら!

 
 


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