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五十嵐早香のnoteは何故、面白いのか? 第6回「夢と宿命」

漱石の「夢十夜」

 夏目漱石はお好きでしょうか?
 明治期を代表する作家の一人で、江戸時代が終わり西洋から新しく生まれた「私」という概念をいち早く捉え、現代読んでも古びない感覚で多くの作品で表現していきました。
 そんな漱石の作品の中で不思議な作品があります。
 彼の初期の作品で「夢十夜」という作品があります。
 「こんな夢を見た」というフレーズが印象的なんですが、10の夢が短編のように並びます。
 その中で3番目に出てくる「第三夜」が、印象的です。
 とても短いので、ちょっと読んでみましょう。

 
 いやあ、怖い夢でしたね。
 「共同幻想論」で有名な評論家の吉本隆明は1990年7月31日に行われた「近代文学館・夏の文学教室」の講義の中で、この「夢十夜」を「宿命」の物語と定義し、漱石の中にある「死」や「誕生」を探しつつ、時には「この夢は分かりにくい」という夢も挙げます。
 そんな中で「第三夜」は、作品としての出来が一番良い夢だと評しています。精神分析学でいう「原罪」や「現抑圧」に加えて古い日本の民話や説話ともつながりを感じるものになっているからです。
 自分が無意識のうちに持っている罪の意識と日本的な民話や説話との融合に成功した漱石初期の傑作の一つだと僕は思います。

 さて、上記の作品を踏まえた上で、今回の五十嵐早香さんのnoteを読んでみましょう。

 

 いやあ、めちゃくちゃ面白かったですね。
 まず、作品の内容から見ていきましょう。
 この作品は4つの夢から構成されます。

第1の夢「母を殺す」



 1つ目の夢は、母を殺す夢です。
 悔いを抱きながら、何度も生まれ変わり、助かる為に盗みもしてしまいます。
 最終的に、母を殺す前の罪も作品の中の彼女は、告白します。
 すると、黒いものが体内から出てきて、2つ目の夢に移ります。
 第1の夢の素晴らしいところは、ダイナミックな時間の移り変わりです。まさか、いきなり生まれ変わりの物語が始まるとは。更に、何度生まれ変わっても五十嵐早香だった時の「原罪」からは逃れられないというのも面白かったですね。母を殺したことと、その悔い。そして、そこから逃れるために悪事に手を染めましたが、最後はやっと罪と向き合います。
 その時、「黒いもの」が体内から出ていきます。
 この正体はいったい何でしょう?

第2の夢「友人を裏切る」

 
 2つ目の夢は、誰かではなく自分が殺されてしまう夢です。
 しかも、何千回も。
 ここで「大学の友人」が犠牲になると自分は何とか死から免れることが出来るということが判明します。
 しかし、ここで主人公の「私」は既に何千回も友人たちを裏切ったり犠牲にしてきたことが判明し、彼女が助かろうとした企みはバレて、逆に殺されてしまいます。
 最後は舌を切られて死んでしまいます。
 ここは、自分がずっとやってきた裏切りと向き合わない方を選んでしまったせいで、彼女は死んでしまいます。
 ここでも何度も何度も生まれ変わりますね。
 

第3の夢「犬を虐待する」


 次の夢では病弱な柴犬と家に篭って暮らす夢です。
 いきなりこの夢の第1段落で愛犬は死にます。
 そして、家を出ると沢山の人が待っています。彼女が知らない間に犬を虐待して衰弱死させていたことが判明します。知らない間に痛めつけていたそうです。「私」がされた行為を自分にされて( しかも残虐な内容のようです )、私は力尽きます。
 第3夜では、主人公は自分の罪を意識できておらず、複数の人に指摘されて初めてわかります。犬を殺すというわりと残虐なことなのに気付けていないというのは、意図的に見ないようにしていたんでしょうか。
 4つの夢のうち2つの殺される夢が終わりました。

第4の夢「黒いものに襲われる」


 最後の夢は、寝ていると友人が部屋のドアを開けて入ってきて襲ってくる夢です。
 しかも、その友人は第1の夢に出てきた「黒いもの」と共通するような何かを持った化け物になって襲ってきます。しかも、この夢、何度も繰り返されるんですが、これまでの夢より現実の濃度が濃くて、普段の目覚めと変わらない感じで始まります。
 僕はこの部分の出来が非常に素晴らしいと思っています。
 どこからが現実でどこからか夢か分からなくなる。
 境界がなくなっていく。
 現実と虚構の境界が薄まっていく感覚が非常にゾクゾクしました。
 最後はなんとか起き上がることが出来ました。
 夢と同じような現実ですが、ドアは開きません。
 やっと夢が終わったわけです。
 何か第1の夢と第2の夢が合わさったような内容ですね。

4つの夢を並べると

 

 さて、4つの夢のうち、3つの夢は罪に関する夢であり、4つ目の夢でその罪と向き合う内容になっているのでは、と僕は思っています。
 1つ目の夢で罪から解放されたかと思いきや最後は向き合うことになりましたね。
 僕らは生きている限り、無意識のうちに誰かを傷つけたり、裏切ったりしているかも知れません。いや、意識的にやっているかも知れません。その罪と向き合わずに生きていた方が楽です。でも、いつかその罪と不意に向き合う時があります。その時に、自分たちには何が出来るのか。
 過去は変えられませんし、生まれ変わっても誤魔化せないかも知れません。でも、その罪から目をそらさずに起き上がることで、悪夢は終わるのかも知れません。

 早香先生のこれまでの作品から一つ上の段階に行った素晴らしい作品だと思います。夢の分からなさと怖さが見事に作用していると思いました。そして、眠ってみるのが悪夢だとしても、目を開けている時は素敵な夢が沢山彼女が見られる人生を送ってほしいな、と一人のファンとして思いました。

※ こちらの作品と並べて考えると、更に解像度があがります。


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