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「仮面ライダーBLACK SUN」の感想ー継承されていく物語ー

 Amazonプライムビデオで2022年10月28日から配信がスタートした「仮面ライダーBLACK SUN」。配信公開と同時に全話視聴後、気になるエピソードを再視聴した状態です。
 監督を務めた白石和彌監督は、「凶悪」、「日本で一番悪い奴ら」、「孤狼の血」などでのバイオレンス映画でお馴染みの監督です。白石監督作品に通じるテーマとして、境界線上にいる人物があると思います。少しずつある人物の思いが主人公の中に入っていき、やがて変わって行く。「凶悪」の山田孝明、「日本で一番悪い奴ら」の綾野剛、そして、「孤狼の血」の松坂桃李。さらに、それが人ではなく別のものである「凪待ち」の香取慎吾という例外もありますが、まともに生きられるかどうか、という境界線の上に立っている人物だという意味では同じだと僕は思います。

 さて、今回の物語、もう最後までご覧になっている方はご存じだと思いますが、南光太郎という何の思想も持っておらず、どちらかというと「見ているだけ」だった主人公は、和泉葵と出会うことで大きく変化していきます。それは、50年前に出会ったゆかりの時よりも激しく。それは再会した信彦から「50年間、何してた?」と1話で言われるぐらいに我関せず主義だった彼を大きく変えるものでした。

【ここからは、ネタバレ全開で行きます】


ネタバレ防止写真です。

 主人公の光太郎も秋月信彦も、50年前に出会ったゆかりから同じ言葉を聞いています。しかし、その受け取り方は光太郎と信彦では大きく違います。光太郎は生きることを(寿命を全うして死ぬこと)、信彦は戦うことを(怒ることを)、この一つの思想でも受け取る人によって、全く違うものになるということは、最終回の葵の選択によっても明らかになります。

 イデオロギーに乗っかることで、人は簡単に思考停止するし残虐にもなるというのは、反怪人団体の井垣の描かれ方で分かりますが、世界の複雑さに耐えられず、敵か味方か、1か0かで分断を生み出す人って沢山いるよなあ、と思います。

 さて、この物語の予告で「怪人たちの群像劇」という表現が出てきますが、まさに視点は怪人たち視点が多く、第5話で葵が怪人になってからは、多くの怪人たちが、どう生き延びて行くのかが描かれていると思います。そして、怪人というのは、「仮面ライダー」の作中では毎回のようにライダーに倒されていきます。この「仮面ライダーBLACK SUN」でも例外ではありません。しかし、その怪人たちが話数を重ねていくごとに去っていくもの敗れていくもののドラマを感じさせます。思えば、光太郎が自分のことを「負けてきた」と語るシーンがありますが、50年前の運動に敗北し、負けた彼は、負けた人間に出来ること、託すことを葵にします。
 この継承のモチーフは変身シーンでハッキリと、「あっ、この子が受け継いだんだ」と我々に教えてくれます。「孤狼の血」では役所広司さんのライターだったものが、今回はポーズだったのかな、と思いました。

 さて、今回境界線上にいた人物は、実は葵だったのではないかと僕は思います。人間でありながら怪人とも仲良くしている。そんな彼女が怪人になってしまう。そして、怪人から更に仮面ライダーへ。いくつもの境界を越えながら成長していく彼女の姿は、頼もしくもありながら、どんどん周りに居る人が少なくなっていく不安も同時にありました。おそらく、怪人はいなくなったと思うんですが、ノミ怪人とか生きてるし、あそこの子供たちが全員怪人だったら、いや人間でも怖いんですけど、ふと不安になる妄想もしました。彼女の存在が、光太郎だけでなく多くの怪人たちを変えて行くのも印象的でした。特にビルゲニアの変化が良かったですね。

 全10話の中でベストは、おそらく最終回を選ぶ方も多いと思うんですね。始まり方、ライダーキック、葵の変身、問題提起、すべてに置いてパーフェクトだと思います。「仮面ライダーBLACK」をずっと好きでいて良かったと思った方も多かったのではないでしょうか?( 僕もその一人です )
 でも、僕はあえての9話を挙げたいと思います。「仮面ライダーBLACK SUN」が生まれた瞬間とあの胸のマークの意味。そこからの10話という流れが最高です。ビルゲニアの死に方も良かったですしね。創生王を守ることを優先していた彼が最後に守ろうとしたものは、というところを考えるともうね。
 次点としては背中越しの変身ポーズを撮った6話を挙げたいと思います。誰かを守る男の背中のカッコよさ。仮面ライダーで背中越しの変身ポーズってあったでしょうか?これは、なかなかの新しさだと僕は思います。

 この物語では、フィクションだから、虚構だからより浮彫りになる現実というものがあります。それは差別や分断。政治の腐敗です。特に差別に関しては、怪人たちが住んでいる街がコリアンタウンを思わせるものだったり、差別を扇動している人物や人間を怪人に変える政治家の台詞からも、ああ、これは現実のあの事件だな、ということや、海外のあのデモかなというのが分かります。
 現実でああいうことをしている人たちがこの作品を観たら、どう思うのか、少しだけ興味があります。
 ルー大柴演じる堂波の孫総理も最近、暗殺されたあの人を連想してしまいますしね。政府の中にカルトが潜んでいるという感じも凄く予言的な要素もあったと思います。

 次に役者陣に関してですが、もう主演のライダー二人の声の良さ。仮面ライダーはアフレコも重要だと思うんですが、西島さんの苦しみながらも殴る声が最高でした。そして、中村さんの演説シーンの良さは、声も関係していると思っています。 
 和泉葵を演じた平澤宏々路さんは、これからどんどん売れていくのではないかという素晴らしい演技でした。あと、ビルゲニア役の三浦貴大さんは、流石の佇まいでした。黙って立っていても絵になる。

 スタッフの皆さんも素晴らしくて、脚本の髙橋泉さんの台詞の一つ一つが物語に厚みを与えます。僕が一番好きな台詞は「50年前の俺が見張ってるんだ」です。50年前に敗北してから彼がどんな人生を送ってきたのか、それは語られません。そう考えると、あの時からずっと時が止まってしまった悲しさがあります。そして、理想の為に走っていたあの頃の自分の視線。一つの台詞にいくつもレイヤーがあるのがいいですね。
 予告から流れている松隈ケンタさんの音楽も、一度聴いたら忘れられない曲ですよね。何か運命が動きだした感じが好きです。音楽といえば、10話でニックとコウモリさんが総理を襲うシーンでブラックのテーマが流れていたのも面白い使い方だと思いました。
 伊賀大介さんの衣装選びも良くて、信彦の衣装が中村さんのシルエットに合っていて、バイクに乗ってたなびく姿が印象的でした。

 白石監督が「大人のための仮面ライダー」と発言していましたが、この作品を観ている我々が次の世代に何を継承していけるか?
 ふとそんなことを考えさせられた1作でした。
 光太郎になれなくても、クジラさんやノミさんとして一緒にこれからを作る世代と戦えるかも知れない。人間は変われる、変身できるかも知れない。そう考えながらこの感想を終えます。
 変身!!


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