見出し画像

#013. まんまとMORS PRINCIPIUM ESTの術中にハマってみるのも悪くない。

MORS PRINCIPIUM EST「Liberate The Unborn Inhumanity」(2022)

はじめに

巨匠、手塚治虫の作品には「W3」という曰く付きの漫画がある。
ちなみに、カワサキのバイクのことではない。
「W3」は「ワンダースリー」と読む。

まずはそのあらすじを紹介したい。

196x年、人類は相変わらず無益な戦争を繰り返し、その悪評ははるか遠くの銀河連盟の耳にも届いていた。そこで銀河連盟はW3(ワンダースリー)と呼ばれる銀河パトロール要員の3人を地球に派遣して1年間調査を行い、そのまま地球を残すか反陽子爆弾で消滅させるかを判断させることにした。ボッコ、プッコ、ノッコの3人は地球の動物の姿を借り調査をすることにし、それぞれウサギ、カモ、ウマとなる。星真一少年は負傷していたW3を自宅の納屋にかばい、彼らと行動を共にすることになる。一方、真一の兄、光一は世界平和を目指す秘密機関フェニックスの一員として工作活動に従事していた。

Wikipedia

よもや現代の世相にも相通じるような内容だが、何が曰く付きなのかというと、この漫画には2つのバージョンが存在するということだ。

時系列としては、1965年の3月から「週刊少年マガジン」で連載が始まったのだが、諸事情によりたったの6回で打ち切りとなり、同年5月より「週刊少年サンデー」にて改めて新連載として再スタートしたという経緯がある。

俗にいう「W3事件」である。
この事件を細かく説明するにはかなりの文字数を要するため、詳細はWikipedia等で確認して頂きたい。

掻い摘んで言えば、他作品において設定や内容に盗作の疑いが生じたため、手塚治虫本人の意向もあってマガジンでの連載を取り止めた、というもの。

果たしてその疑惑が向けられた作品が「宇宙少年ソラン」である。
興味のある方はこちらも読んでみる価値はあるだろう。

古今東西、同じ作者による作品が2つあるというのは、ファンにとっては贅沢である一方、どちらが本質的に作者の意向を反映しているのか、その判断に迷いが生じてしまうのも正直なところだ。

これは漫画作品に限らず、音楽作品についても同じことが言える。
特にリミックスという概念が生まれて以降、オリジナルの価値は否応なしに高まったのではないかと思う。

・リミックスは、1970年代のジャマイカでレゲエのエンジニアであったキング・タビーによって偶然発見されたダブに端を発する。
・リミックスとは、複数のトラックに録音された既存の楽曲の音素材を再構成したり様々な加工を加えることによって、その曲の新たなバージョンを製作すること。
・リミックスが世界的に普及したきっかけは、1970年代後半のニューヨークにおけるディスコ・ブームであった。

Wikipedia

リミックスなら割り切って対峙することも可能だが、例えば、オリジナル音源が2つ存在していたら、いかがだろうか。
得てしてそんな事も起こり得るのが、音楽作品の面白さでもある。

ということで今回はMORS PRINCIPIUM ESTモルス・プリンシピアム・エストの新作を取り上げてみたい。
新作とはいっても、リ・レコーディング作品、つまり再録モノである。

1999年に結成、2003年に『インヒューマニティー』(MICP-10371)でデビュー。これまでに7枚のスタジオ・アルバムをリリースし、2013年と2018年に来日公演も行なっている。フィンランド産らしい冷気を伴ったメロディック・デス・メタルで、日本でも確固たる支持を得ている。2011年に加入し楽曲制作でイニシアチブを握っていたアンディ・ギリオン(G, B)が前作リリース後に脱退し、オリジナル・メンバーのヴィレ・ヴィルヤネン(Vo)の動向が注目されたが、初期メンバーが電撃復帰。新生モルス・プリンシピアム・エストとして再出発することとなった。

オリジナル・メンバーであり本作収録曲のほぼすべてを作曲した初期のメイン・ソングライターであるヨリ・ハウキオ(G)、同じくオリジナル・メンバーのヤルッコ・コッコ(G)とテーム・ヘイノラ(B)、3rdアルバムに参加しており、前作『セヴン』にも参加していたマルコ・トンミラ(Ds)が正式に復帰。ほぼオリジナル・メンバーでの再結成となる。

本作は彼らの中でも特に人気の高い初期3作の曲を中心に再録したリ・レコーディング・アルバム。バンドのキャリアの中でも特に人気の高い楽曲を新生モルス・プリンシピアム・エストが鮮やかに蘇らせた内容となっている。さらに入手困難なデビュー前に制作されたデモ・テープに収録されていた楽曲も収録。彼らが初期から非凡な才能を見せていたことが分かるとともに、マニアからの注目必至な作品。

HMV&BOOKS

大事なことなのでもう1度お伝えするが、本作はリマスター盤ではない。
過去に発表済みの曲を改めてレコーディングし直した作品であり、新作と言えば新作ではあるものの、ベスト盤的な雰囲気も漂う。

例えばリマスターは主に音質の改善が見込まれるのに対して、リ・レコーディングは音質のみならず演奏スキルそのものが改善しているケースが多い。
過去に発表した自己音源を再録するアーティストが後を絶たないのは、恐らく音質だけではない何か、、、つまり成長した自分を省みた結果だと思う。

さて、自己を表現することと、自己をプロデュースするという行為は必ずしも同義ではない。
プロデュースとは「制作」という意味だからだ。
要するにリ・レコーディングとは、設計図はそのままに、改めて家を建築するような感覚に近い。

蛇足になるが、外壁の色を塗り替えるぐらいなら、リミックスだろう。
それに対して見た目も変えずに、内部の耐震補強をするのはリマスター、、、とも言えなくもない。

本作を通して聴いた時、やはり演奏スキルの向上と最新のミキシングによる音質向上との相乗効果は大きく、改めてMORS PRINCIPIUM ESTの実力を世に知らしめたのではないかと思った次第。

ただ、個人的には名曲「Another Creation」が再録されていなかったので、画竜点睛を欠いた内容とも言えよう。
曲順についても熟慮を重ねた形跡が見当たらず、過去のアルバムに比べるとコンセプチュアルな世界観が薄れ、平易なベスト盤的な雰囲気になってしまっているのは少し残念である。

この曲を聴け!

さて、今回僕が気に入った再録曲は「The Animal Within」である。
この曲は名盤「Liberation = termination」に収録されており、当時、次世代メロデスの旗手としてMORS PRINCIPIUM ESTの名を一躍高めたことでも知られている。

先に発表された「The Animal Within」とはキーも変えて再録されており、ややヘヴィネスな方向にシフトしたかったのかと思わせるところは興味深い。
一方で、画期的だったシンセのサウンドが目立たなくなったことで、次世代感は薄れてしまっている。

結果的にオリジナル音源として2つのバージョンがこうして世に出てしまったわけだが、感想としてはどちらも良い、としか言えない。
(そもそも、元の楽曲が好きなので仕方がない。)

こうしたリ・レコーディング作品の意義とは、古い楽曲の魅力を再発信出来ることと、新たなファンを新規開拓するというプロモーション戦略によるところが大きいと思う。

加えて、新作を待ち望んでいるファンに対するリップサービス的な側面もあるので、次回作への繋ぎとしては十二分にその威力を発揮したのではないだろうか。

本作を聴いた後に過去の作品を再び聴き直してみたくなったのも事実で、そういった意味ではまんまと彼らの術中にハマってしまったとも言える。

とはいえ、ソングライティングの要だったAndy Gillionが2021年に脱退しており、次回作については不安しかないのが彼らの実情である。
そう考えると本作は、嵐の前の、束の間のオアシスのようなアルバムなのかもしれない。


総合評価:85点

文責:OBLIVION編集部

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?