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17.最終話 青山葉子と赤坂哲也

葉子は自分が言った言葉を改めて哲也に照らし合わせ、哲也の言葉を待っていた。

恵比寿は水を入れたワイングラスを下げ、再び気配を薄めた。

神楽坂は追加でラフロイグをストレートでオーダーして、自分のペースで味わった。

哲也は葉子と神楽坂の言葉を頭の中で繰り返し、神楽坂を見た。
神楽坂には主張は感じられたが、自分への理解を求めず、相手を理解する姿勢も見えなかった。加えて嫉妬も同情も共感もなく、他者から完全に自立していた。

恵比寿は哲也と葉子の間に立ち、哲也と葉子のそれぞれのグラスに水を注いだ。

「ありがとうございます。恵比寿さん」
哲也に言われると恵比寿は哲也を見た。続いて葉子と目を合わせると、すぐに1歩下がった。

「私はあなたが1番欲しい物に気付いてるわ」
葉子は哲也を見ずに言った。
「はい。葉子さんが気付いていることは、僕も気付いています」
哲也も葉子を見ずに言った。

「あとはあなた次第ね」
葉子は言った。

再びバーKの空間に沈黙が流れ、静けさが隅々まで巡り空間を支配した。

恵比寿は神楽坂の視線を感じ、葉子は恵比寿の視線を感じた。
葉子は恵比寿と目を合わしてから、空間の沈黙を解除し、その視線を哲也へ向けて言った。
「ねぇ、赤坂くん」
「葉子さん」
哲也は葉子の目の奥を見た。

葉子は言った。
「本当に欲しいものを手に入れようとしてこぼれ落ちたとしても、その時に得られなかったという感触は残るわ。
こぼれ落ちた感触は、時間と共に少しずつ内側に溶け込み、次の新たな傷を和らげてくれることもある。そう、手に入らなくてもその感触を得ることは出来きるの。でもね、でも手に入れようとしないと、その感触さえ感じることが出来ないわ」

葉子は言い終えると左手でグラスを持ち、残りのワインを飲み干した。

哲也は残りの水を一気に飲込み葉子を見た。

葉子の右手の先からは神楽坂が不敵な笑みを添え哲也を見ていた。

恵比寿は3人を均等に観察しながらも自身の気配を静めていた。


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