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初めてのフランシスアルバート

初めてのフランシスアルバートをどこのバーで味わおうかと考えていたら、信頼する元バーテンダーが横浜のケーブルカーというバーを勧めてくれた。

他にもいくつか候補のバーがあったが、やはりフランシスアルバートが生まれたバーラジオにて、叶うなら創作者である尾崎氏のメイキングで味わいたいと思っていた。

横浜での用事を終えたある夜にケーブルカーの長いカウンターでジントニックとサイドカーを味わい、最後の1杯を考えていたところ一緒に飲んでいた女性に

「フランシスアルバートじゃなくていいの」
と言われた。

聞けば彼女もフランシスアルバートに思い入れがあるという。

「前に通っていたバーでよくフランシスアルバートをオーダーしてた人がいたの」
彼女はそれ以上を語らずジントニックを飲み干した。

それでもまだバーラジオで初めてのフランシスアルバートを味わいたい気持ちに揺さぶられていた私に彼女は言った。

「ここを勧めてくれた人に報告しなくていいの。フランシスアルバートを」
そう言うと彼女は最後の一杯にカミカゼをオーダーした。

彼女はその夜私と会う前から飲んでいたし、次に独りで行くバーも決まっているようだった。
私の隣でジントニックを飲むペースはかなりゆっくりだったから既に飲める許容量に近づいていたはずだ。そんな中でカミカゼをオーダーしたことには、彼女なりの想いがあったのだろう。

私は彼女にカミカゼへの想いを聞かなかったし、彼女もそれ以上は何も言わず私のオーダーを待っていた。
沈黙に紛れながら私は彼女のカミカゼへの想いを想像した。

その時にようやく今この状況が2度と訪れることのない稀な夜の中にあることを悟った私は、フランシスアルバートをオーダーした。

ジンはタンカレー、バーボンはターキーと銘柄まで指定され、飲み手にも作り手にとっても手強い49度のカクテルがフランシスアルバートだ。

長いステアを経てグラスに注がれたフランシスアルバートは、荒々しいターキーを冷徹なタンカレーが手なづけ覆っていたが、その僅かな隙間からターキーが仄かな甘味を匂わせていた。

隣でフランシスアルバートが気になっている彼女にグラスを向ければ、グラスに顔を近づけ香りを確かめてから小さな一口で味わい、何も言わずにその唇をカミカゼに戻した。

時間の流れに沿いターキーが少しずつタンカレーから離れ、冷たさから甘味に変わる頃にフランシスアルバートを飲み干した。左のグラスからはカミカゼも姿を消していた。

彼女は次のバーに向かい、私は激しい酔いを抱えながら帰路へと向かった。

その日は帰ってからもアルコールが頭につきまとい、抗えない酔いが保たれた。
フランシスアルバートはマティーニにもギムレットにもない激しい余韻を頭に響かせ、その存在感を示しやがて去っていった。

本物のカクテルは、味わっている時だけでなく酔いが覚めるまで魅惑させると身を持って学んだ夜だった。

次はどこのバーで味わおうか。フランシスアルバートを。


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