見出し画像

すっぱい梅干し ④

 「ようやく、来春にはこちらにもどれることになりました。一平が小学校を卒業したら、引き取ります。長らく、甘えてしまってすみませんでした。」
 父ちゃんが、突然何かを言い出した。
 じいちゃんも、ばあちゃんも、互いに顔を見合わせながら、言葉が見つからない様子だった。僕は、吸った空気の行き先がわからず、苦しくなって、声をあげた。
「なんで?なんで? 僕、父ちゃんとなんか暮らしたくなんかないよ。父ちゃん、だって、何もできないじゃん。料理だってできないだろ?」
「だいじょうぶだ、料理をしてくれる人もいる」
「料理をしてくれればいいってわけじゃない!僕は、このままがいい。いいよね?じいちゃん、ばあちゃん」
 じいちゃん、ばあちゃんは、僕の目を見ないように下を向き、何も答えず、固まったまだった。

 「料理をしてくれる人って、再婚されるのですね?」
 ばあちゃんが、口火を切った。父ちゃんが言いにくくて、言葉にできないと察したからだった。ばあちゃんは、自分の気持ちにかかわらず、相手の気持ちを先に先に汲んでしまうところがある。
 この時の僕は、そんなばあちゃんの性分を充分知っている父ちゃんがそういわせるように仕向けたのでは?とさえ、思った。父ちゃんの再婚相手が誰かなんて、聴きたくもなかった。
 ばあちゃんの静かな問いに、父ちゃんは、小さくうなづいた。
 父ちゃんの再婚相手は、東多美子さんという母ちゃんの友人で、母ちゃんがなくなる病院で看護師をしていた人だ。たぶん、昔何度かは会ったことがある。
 父ちゃんは、式を挙げるつもりはなかったのだが、
「カンタンでも結婚式をあげなさい。それが、この世で生きる者の誠意ってもんだよ。陽菜子へ気を使ってるなら、逆だよ。ちゃんと式を挙げて、二人の覚悟を示しておくれ。そのほうが、あの子も喜ぶだろうよ。」
 
ばあちゃんのこの一言は父ちゃんにインパクトを与えた。
僕の卒業式が近い3月のある日曜、父ちゃんと多美子さんの式はあげることになった。気が利かない父ちゃんも、さすがにこの結婚式の言い出しっぺのじいちゃんとばあちゃんを式に招待をしたが
「それじゃ、多美子さんがあまりにかわいそうだ」といって、二人はご祝儀だけを用意し、結局、参列はしなかった。
 式の間中、僕は、かなりふてくされた顔をしていたその自覚はある。
 時折、腫物をさわるみたいにジュ―スをすすめたり「お腹いっぱいになったかい?」とあたりさわりのないことを訊くオトナたちもいたが、察しのいい参列者たちは、僕に近寄らなかった。
僕は、ずっと式の間も、僕が父ちゃんたちと住むかどうかを、僕に決める権利はないのかよ」とそればかり考えていた。
遠くで、バタバタしてる音が聞こえて、うつむいていた頭を持ち上げると、思いのほか早く、式はあっという間に終わったらしい。
どうやら、42歳と高齢妊婦でもある新婦の多美子さんの体調が悪化したのだ。心配…の気持ちが起きなくもなかったが、僕は、一刻もはやく、じいちゃんとばあちゃんちに帰りたかった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?