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グルタミン酸と精神疾患

グルタミン酸はタンパク質を構成するアミノ酸のひとつです。
他の有機化合物から合成することができる非必須アミノ酸です。
また、脊椎動物の中枢神経系における主要な神経伝達物質です。2種類のグルタミン酸受容体を介して作用し、主要な興奮性伝達を担います。
その一方で、過剰な活性は神経細胞死を引き起こします。

うまみ物質が神経伝達物質として機能するのは偶然ではありません。
単細胞生物で栄養源の探索や細胞内取り込みに機能していたアミノ酸結合タンパク質が、多細胞となったときに伝達物質として機能するようになったものと考えられています。

グルタミン酸は、哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの脳高次機能に重要な興奮性神経伝達物質としてはたらきます。
過剰な細胞外グルタミン酸は、グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を持つことが知られています。
このため細胞外グルタミン酸濃度は厳密に制御される必要があり、グルタミン酸トランスポーターがその役割を担っています。
近年、このグルタミン酸トランスポーターの変異や発現低下が、統合失調症やうつ病などの精神疾患に関与していると報告されています。

統合失調症

統合失調症は、幻覚・妄想などの陽性症状と、無為自閉、感情鈍麻、意欲の減退などの陰性症状、ワーキングメモリなどの障害による認知障害を示し、世界中でおよそ100人に1人が発症する精神疾患です。
グルタミン酸神経伝達の低下が統合失調症の有力な病態であると考えられています。
しかし、最近の臨床試験の結果では、グルタミン酸の放出を抑制する代謝型グルタミン酸受容体が統合失調症の治療薬として有望であることが報告されました。
このことは、統合失調症では細胞外グルタミン酸濃度が上昇し、脳全体として興奮性優位となっている可能性を示唆しています。
また、統合失調症の発症危険状態を発症へと移行させる要因として、海馬における細胞外グルタミン酸濃度の上昇が報告されました。

うつ病

うつ病は、抑うつ気分と興味・喜びの喪失を特徴とする精神疾患です。
現在、うつ病の病態には、モノアミン系のシナプス伝達障害が関与すると考えられています。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬を始め、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬が広く使用されています。
しかし、これらの抗うつ薬の有効率は70%であり、30%の患者さんには薬剤抵抗性があります。
さらに、従来の抗うつ薬は、治療効果が得られるまでに多くの時間を必要とし、たとえ効果があっても再発の頻度が高いです。
モノアミン系のシナプス伝達障害だけではうつ病の病態を説明できないことが明らかになりつつあります。

近年、うつ病においてもグルタミン酸神経伝達系の亢進を示唆する証拠が蓄積しています。
(※うつ病患者の血中・脳脊髄液中・脳内のグルタミン酸濃度は上昇している、うつ病患者の脳ではグルタミン酸トランスポーターが減少している、など)

強迫性障害

強迫性障害は、強迫観念・強迫行為を特徴とする疾患です。
多くは思春期過ぎから発症し、人口の2~3%が罹患歴を持ちます。
従来、セロトニン神経伝達の異常が強迫性障害に関与すると考えられてきました。
しかし、セロトニン神経伝達を上昇させる抗うつ薬などの治療は一部の患者さんにしか効果がなく、セロトニン神経伝達の障害だけでは強迫性障害の病態を説明できません。

最近、グルタミン酸神経伝達の亢進が強迫性障害の発症にも重要な役割を果たすことが報告されています。
①強迫性障害患者の脳内ではグルタミン酸量が増加し、これにより神経伝達が亢進している。
②グルタミン酸神経伝達に関わる遺伝子の一塩基多型頻度が強迫性障害患者では増加している。
③グルタミン酸神経伝達を抑制する薬剤に強迫性障害の治療効果がある。
といったことが挙げられます。

自閉症

自閉症は、社会性行動の喪失や言語発達の遅延を特徴とする脳高次機能の発達障害です。
グルタミン酸神経伝達系の亢進は自閉症の重要なリスクであり、脳の形成に極めて重要な役割を持ちます。

まとめ

統合失調症、うつ病、自閉症、強迫性障害は代表的な精神疾患であり、独立した疾患単位として考えられています。
しかし、分類の難しい境界例が存在すること、統合失調症や重症のうつ病が同一家系に集積すること、社会性の低下や不安の亢進など共通の症状が存在することから、全ての精神疾患は単一の精神病の異なった段階・表現型であるという単一精神病仮説が提唱されています。

これらの疾患の共通の病態として、神経伝達の障害および神経発達障害が示唆されています。
グルタミン酸は統合失調に関与する神経伝達物質として知られていますが、最近になり、うつ病や強迫性障害にも関与していることが示されました。
グルタミン酸シナプス伝達の過剰な活性化が、脳の発達障害をもたらすことが明らかになっています。

主要な精神疾患の中に、グルタミン酸トランスポーターの異常による興奮性と抑制性のアンバランスが原因で発症する患者が一定の割合存在します。
「グルタミン酸トランスポーター機能異常症候群」として分類されるようになるかもしれません。

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