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『砂漠の林檎 イスラエル短篇傑作選』

 世界の文学を読む一冊目は、ヘブライ語で書かれたヘブライ文学の短篇傑作選集『砂漠の林檎 イスラエル短篇傑作選』です。



読む前に知っておいた方がいいこと

 ここから、本を読んだ後にいろいろと調べたことを書いていきます。
 事前知識として知っておいたらより楽しめるかもしれません。
 しかし、何の先入観もなく、今の自分の知識で楽しみたいという方は、ご注意ください


ヘブライ語ってどういう言語?

 一時期、「エンパワーメント」という言葉が流行りました。

 「エンパワーメント」とは、「ハンディキャップがあっても、本来の力を発揮していく」というような意味合いで使われます。
 (この語の意味は結構、曖昧なので、わたしなりの解釈です)

 言語とどう関係があるの?

 と、思われるかもしれません。

 どこかで読んだ(どの本で読んだか忘れました。言語学者さんの本だったと思います)のですが、言語学で「エンパワーメント」というと、マイナスの意味をかなり強く含んでしまうんだそうです。
 植民地支配や奴隷貿易によって、母国語を奪われたり、それ以外の言語を話すしかなかった人たちが、
 それでも、文法や語彙などを変更して、コミニュケーションのために言語を習得し作り出していく過程に対して「エンパワーメント」という言葉を使うからです。

 「言語」というと、ただのコミニュケーションのツールと捉えがちですが、そこには民族や国の、悲哀ある歴史が刻まれているのです。

 さて、今回の本は、「イスラエル短篇傑作選」と銘打っていますが、ヘブライ語で書かれた小説の翻訳となっています。

 ヘブライ語とは、どういう言語か。

 それは、イスラエルという国の立地とも関わって、深い歴史があります。

 もともと、この言語は、古代、パレスチナ地方でユダヤ人が話し、書くために使っていました。
 しかし、前6世紀のバビロン捕囚(祖国を捨ててのバビロニアへの強制移住)によって、現地の共通語(アラム語)を話すようになっていきいます。
 ヘブライ語は徐々に日常から姿を消していき、1世紀半ごろにはアラム語が話し言葉として使われるようになりました。

 そして、世界各地にユダヤ人は散り、離散時代が始まります。

 中世ヘブライ語の時期があります。
 離散時代、ユダヤ人はその地の言語を話しながらも、ヘブライ語は第二言語としてユダヤ人を繋いでいました。
 しかし、13世紀以降のユダヤ人迫害によって、書き言葉としてさえもどんどん姿を消していくことになります。

 時を経て19世紀後半、シオニズム(ユダヤ人のイスラエルに故郷を再建し、ユダヤ教などの文化の再興を目指す運動)が起こります。
 パレスチナへのユダヤ人移住が始まる中、ヘブライ語の復興も試みられました。

 話し言葉としてのヘブライ語は無くなっていましたが、聖書や、祈祷、知識人の間では書き言葉としてヘブライ語は生き残り続けていたのです。
 日常的な語彙がない、異なる文化圏に散っていたユダヤ人の間で発音にずれがあるなど、復興に至るまでには問題がありました。
 文献探索による語彙の発掘、時代変化による新たな概念に対する新語の創作、そしてヘブライ語復興・普及活動など、多大なる努力が行われました。
 その努力が報われ、1920年代には、イスラエルのユダヤ人に広く使われるようになり、やがて現地の公用語となっていきます。

 民族アイデンティティのための言語再編。
 それも、聖書という宗教由来のもの、となるとヘブライ語は特殊な言語だと思われるかもしれません。

 しかし、言語再編は、日本語でも起こっています

 江戸時代、藩統治によって意図的に分断され、個々の方言が深まっていた日本。
 明治に至って、近代化のため標準語が定められ、学校教育でも重視され教えられました。

 「ユダヤ文化の復興」「近代化・富国強兵のための政策」と、動機こそは違いますが、言語の復興・編成は、どの言語にもある歴史なのかもしれません。


ヘブライ文学ーーショア文学

 ヘブライ語は、古代、パレスチナ地方で興ったユダヤ人国家で使われ、その後の離散時代には宗教基盤として生き残り、現代に至って復興された言語でした。

 では、その言葉で書かれた文学とはどういったものでしょう?

 まず、最も古いもの。
 聖書や、口語で伝わった律法を伝えるための説話集などです。

 『砂漠の林檎』にもいくつか聖書物語が収録されています。

 その後、7世紀ごろからの中世ヘブライ語の時期には、詩が栄え、ユダヤ教の法典なども編まれます。

 そして、ヘブライ語復興からの現代ヘブライ文学。

 パレスチナ移民や、東ヨーロッパでの生活、そして聖書物語などが書かれ、ヘブライ語が再興した後は詩も小説も多様性を増していきます。

 ヘブライ文学の特徴は、ユダヤ人を取り巻くさまざまな問題が描かれることです。
 小説として世に発表されますが、作家さん本人の経験が描かれることも多いようです。

 そのもっともたるものが、ホロコースト文学として知られる、ナチスドイツによる迫害を描いたもの。
 『砂漠の林檎』では、翻訳者さんは一貫して「ショア」という語を当てています。

 「ショア」とは、ヘブライ語でホロコーストのことだそうです。
 ユダヤ人がヘブライ語で描いているのだから、ヘブライ語で「ショア」というべきである、という意思を感じました。


共同生活集団「キブツ」とは?

  『砂漠の林檎』では、非宗教的な結婚のため、学業のために「キブツ」へ移住するという描写が出てきます。

 この「キブツ」。
 どうやら、街のようなものを指すような言葉のようですが、いったい何なんでしょうか。

 ヘブライ語で「集団」を意味する言葉だそうです。

 キブツの歴史は、イスラエル建国の時にできた集団生活を送る農業の村から始まりました。
 資源に乏しい国土で、移民を成功させるために行われたそうです。

 土地・建物を含むすべての資産を共有し、生産・消費・育児などを共同で行うと言います。
 村の方針などは総会で決められ、労働も分業されます。

 シオニズムの中心地となり、1909年に初めて設立され、1990年代には350ものキブツがあったそうです。 

 イスラエルの共同生活を送る集団、というと宗教色の強いイメージを受けます。
 しかし、1970年代の資料で宗教的なキブツは「十数箇所」とありますので、圧倒的に非宗教的なキブツが多いとか。
 ユダヤ教よりも、共産主義の色が強いみたいです。

 年齢別に生活を送り育児も集団で行うため、実親と実子の核家族を基本とする西欧社会からは批判も上がったそうです。
 しかし、家族研究において文化人類学や予防精神医学の調査では、理想的な教育が行われているとされました。
 家族の単位、人間社会のあり方を考えさせられます。

 現代、1970年代は、農業の商業化により旧来の農業経営が破綻し、さらに工業化の波に飲まれて、その意義が揺らいでいきます。
 労働者が不足し外部からアラブ人労働者を受け入れるなど、「自己労働」の原則が守られていない、工業化に成功したキブツには(財産が構成員の共有となるので)たくさんの入団希望者が列をなすなどの問題が出てきているそうです。

 キブツは、現代のイスラエルを理解する上でも、重要なキーのようです。


読書感想 作家さんの経歴にただただけおされる

 ここから、本を読んでの感想になります。
 わたしとしては、こういうことを考えたーーという内容を含みます。

 ネタバレがありますので、ご注意ください。


 わたしは、ちょっと変わった経緯でこの本を手にとっていると思う。

 「世界のいろんな文学を読もー」と図書館に行って、「新しく入った本」に並んでいた『砂漠の林檎』を手にとりました。
 「まー難しくても、なんでも、短編集ならなんとか読めるだろ!」と。

 はい、すみません。

 前提知識ゼロです。

 イスラエル……えーと、アジアのどっか!
 エルサレムがあって、宗教的に色々とホットな国。

 くらいの知識しかなかった。

 無謀だー……。

 一話目読んで、「あ、なんかキブツ? っていうのは町? というか、アメリカのアーミッシュのイスラエル版みたいな感じなのかー」と。
 そして、読み進めるうちに「キブツまた出てきたけど、そうか! 複数あるのか!」となりまして。

 いやはや。

 前提知識って大切ですよね……。

 ヘブライ文学という前提で、ショア文学寄りの収録になっているので、イスラエル・パレスチナ問題までは知らなくていいのかなーという感じです。

 まぁ、無知ゆえに背景を読み取れていないところもあるので、もちろん知っておいた方が良いとは思います。

 さて、ショアですよ……。

 作家さんの経歴や、小説の解説にかなり紙幅が裂かれています。

 作家さんたちの経歴が、もうね……。

 「強制収容所を経験して……」とか「ショアから逃れて……」とか。

 ショアや戦争を生き延びた人たちばかり。

 うっ……この小説、前提知識ゼロで読んでいいの……?

 無知でごめんなさい……。

 と、思いながら読みました。

 確かに、「軽く読む」という本ではないです。

 でも、「何も知らないから……」といって読むのを避けるのも違うかなと。

 知らないから、知る。

 その第一歩がこの本だったんだと思います。

 前提知識ゼロでも、ショア文学やヘブライ文化に感じ入るものがありました。

 知識として知るのもの大切ですが、「雰囲気」を感じられるのは文学ならではと思います。

 皆さまも、ぜひ手を取ってみてください。


つながる、読書案内

 『砂漠の林檎』の著者紹介欄にも、和訳されている本が紹介されています。
 読書案内に配慮されている翻訳者さんには、いつも頭が下がる思いです。

 それに加え、ヘブライ文学やイスラエルについて深める、日本語書籍を探してきました。
 出版年が古すぎて、あらすじや書かれた言語が確かではない書籍もあります。

 絵本・児童書までは網羅していませんが、参考にさせていただいたイスラエル大使館さんのブックリストには含まれていますので、気になる方はこちらをチェックしてみてください。

イスラエル・パレスチナを知る

ヘブライ語を知る

ショアを知る、読む

ユダヤ人・ユダヤ教の歴史

ヘブライ文学を知る

エッセイ

民話・説話・ジョーク集

ノーベル文学賞受賞者シュムエル・アグノン収録

現代文学

あらすじ不明

インターネットにはあらすじが記載されていなかったのものの、ヘブライ文学という確認は取れた本です。

ショア(ホロコースト)文学・戦争文学

ヘブライ文学以外のホロコースト文学

ヘブライ語以外のイスラエル文学



参考にさせていただいたサイト



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