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ダリア・B. コーヘン『ぼくたちは国境の森でであった』

 以前読んだ『イスラエル短編傑作集』で、ヘブライ文学を調べました。

 その時、気になった児童書です。

 というわけで、今回の一冊はこちら。




読む前に知っておいた方がいいこと

 ここから、本を読んだ後にいろいろと調べたことを書いていきます。
 事前知識として知っておいたらより楽しめるかもしれません。
 しかし、何の先入観もなく、今の自分の知識で楽しみたいという方は、ご注意ください。


イスラエル・パレスチナ問題って?

 かつて、彼の地にはユダヤ人の国がありました。

 けれど、ローマ帝国の侵略によって、ユダヤ人たちは世界各地に散逸。

 やがて、その土地にアラブ人たちが住み始め、現代まで住み続けています。
 彼らが、パレスチナ人です。

 19世紀、ユダヤ人の間で祖国の土地に戻り、文化を再建するシオニズム運動が興ります。

 ここで、状況をややこしくするのが、イギリス。

 そう、かの三枚舌外交です。

 イスラエル人にも、アラブ人にも民族自決の国家を約束し、さらにはフランスと土地を分けるという約束までしてしまうのです。

 さらに、ナチスドイツのユダヤ人虐殺が起こります。

 ユダヤ人たちは移住をはじめ、先住のアラブ人との衝突が起こりはじめました。

 国連が仲裁に乗り出し、彼の地を分割するよう決議し、イスラエルが建国。

 しかし、元から自分たちの土地としていたアラブ人たちは分割に反発。

 アラブ諸国がパレスチナに義理立てし、イスラエルに侵攻を開始。
 中東戦争が始まります。

 そして、第三次中東戦において、イスラエルが全ての領土を統治下に置きました。

 パレスチナという国家がなくなってしまいます。

 ここで、イラクとアメリカを中心とする連合軍との間で湾岸戦争が勃発。

 国際社会はパレスチナ問題を危険視し、解決を急ぎます。

 その仲裁によってオスロ合意が実現し、パレスチナは暫定自治へ。

 いずれ、パレスチナの独立を見越しての「暫定」自治でしたが、和平ムードを払拭する宗教的事件が起こります。

 イスラエル側の過激派政治家が、イスラム教(パレスチナ側)の聖域に侵入。

 和平への努力も虚しく、各地で激しい衝突から、応酬へ発展。

 自営側の被害しか見えないことも相まって、憎悪感情だけが高まっていきます。

 そして、両国ともに過激派の政権へ。

 パレスチナ側は和平交渉に積極的なファタハ、テロを繰り返すハマスの二派に別れてしまいます。

 さらに、各国の思惑が絡まりあい、解決の道が見えない状況が続いているそうです。



読書感想 紛争に翻弄される少年たち

 ここから、本を読んでの感想になります。
 わたしとしては、こういうことを考えたーーという内容を含みます。

 ネタバレがありますので、ご注意ください。


 登山の最中に仲間から逸れ、道に迷ってしまったイスラエルの少年ウーリー。

 突然の雨に洞窟に避難し、焚き火を灯していた彼の元に、パレスチナ・アラブの少年サリームがやってきます。

 灯りに惹かれてやってきた彼ですが、ユダヤ人のウーリーへの敵意を隠しません。
 けれども、ウーリーは一人分のスープを拒絶の意思を無視して彼に分け与えます。

 二人の少年は食料を探し、自然の中で楽しく過ごすうちに打ち解けていきます。

 しかし、いくら仲良くなっても、戦争で引き裂かれたそれぞれの国に帰らなければなりません。

 そうなれば、もう、二度と会うことはできないと知りながら、親交を深めていく様子に胸が痛みます。

 どうして、サリームは国境を破って山中にいたのか。

 やがて語られる理由は、衝撃です。

 サリームの兄は、パレスチナ解放を目指すテロ団体に所属しています。
 そして、平和を志す教師である父の立場を利用し、自宅に武器を内密に持ち込みました。
 しかし、その武器は押収され、サリームの父は逮捕されてしまいます。

 父の罪ははらされ戻ってきますが、武器を隠していた角で家が潰されてしまいます。
 サリームの兄は、パレスチナ解放運動へ合流し、家を出てしまいました。

 最初、サリームは家を失ってしまい、今はレバノンに住んでいるとだけをこぼします。

 なので、わたしはサリームは戦乱で失われたかつての家でやり残したことをやりにきたのかなと思っていました。

 でも、彼は最後にウーリーへ本当の事情を明かします。

 なんと、国境を越えた山中にいたのは、イスラエル国内からテロリストを逃す幇助をするためだったのです。

 無罪の父が投獄され、そして家を破壊され。

 憎悪の感情が湧かない人間はいないでしょう。

 少年がテロに手を貸し、そしてテロリストへ成長していく、その過程がリアリティをもって生々しく描かれています。

 サリームは最後にウーリーに事情を明かし、テロに加担しないと誓います。

 もし、ウーリーに出会わなかったらサリームはどう成長したのでしょうか。

 ウーリーに出会えなかったサリームのような少年はどのくらいいるでしょうか。

 一度、憎悪感情が湧き上がり、軍事衝突にまで発展してしまうと相互理解が極端に難しくなる。

 この小説で、そのことをうまく言い表した箇所があります。

 クラスのみんなに、サリームやジャミーラのことを話しても、みんな信じないだろうな。でも、ひょっとしたら信じてくれるかもしれない。だけど、きっとこういうだろう。
『そう。だけど君があったふたりって、特別な人たちだったんだよ。ほかの連中はそうじゃない。それが事実なんだよ。だって、ほら、そういう人たちがいても、戦争はつづいているじゃないか……』

『ぼくたちは国境の森でであった』

 そして、かなり唐突に兵士を登場させ、「もう、軍隊にも、戦争にも、前線にもうんざりだ」と独白させます。

 軍や兵士が身近にいるという描写でもありますが、それ以上に、戦争の担い手も疲弊してうんざりしている様が伝わってきます。

 兵士は青い空を見あげて、「いい天気だ」といった。
「家にいれば、こんな日には馬をだして畑をたがやしている」
 そして、ためいきをついてだまりこんだ。

『ぼくたちは国境の森でであった』

 どうしても、軍を構成している兵士個々人も登場させ、兵士でなければ彼らも普通の人である、ということを織り込みたかった。

 そんな作者さんの意思を感じました。

 特にわたしの印象に残った箇所を引いて、感想を書いてきました。

 あなたは、この本を読んで、どんなことを感じるでしょうか。

 児童書で比較的読みやすい一冊になっています。

 ぜひ、手に取ってみてください。


感想追記 それでも、イスラエル側の小説なんだよな……と思った話

 サリームは最後にウーリーに事情を明かし、テロに加担しないと誓うんですよね。

 この部分が、ヘブライ文学=イスラエル側の作家さんゆえじゃないかと、ちょっと時間をおいて思いました。

 テロというと絶対悪のように響きますが、イスラエル側のパレスチナ弾圧への報復でもあるんですよね。

 サリームの「テロをしない」に対して、ウーリーが「僕だって、パレスチナを悪く思うのはやめる」みたいな呼応をしていない。

 なんか、呼応としては微妙ですけど。
 そういう類の呼応がない。

 サリームがテロリストになるのをやめても、パレスチナはイスラエルという国の中で何も変わらない。

 サリームの父のように冤罪をかけられ、家を壊される少年は今後も変わらずにパレスチナ側にいる。

 という、モヤモヤを胸中に見つけ出してしまいまして。

 サーリムが「お前はいい奴だよ、でも、武力がないと、攻撃しないと誰も守れないんだ……」と言うエンドもあり得る。

 『ダレン・シャン』における、ダレンとスティーブの断絶のような。

 イスラエル・パレスチナ問題の実際、戦争や内戦って「相手も人だとわかっているよ」からの断絶だよな、と。

 この記事を書いた後、そんなことを考えました。

 


つながる、読書案内

 『イスラエル短編傑作集』ではヘブライ文学を調べました。

 というわけで、今回はイスラエル・パレスチナ問題を扱ったもの、パレスチナの文学を調べてみようと思いましたが……。

 なかなか、見つかりませんでした。

 唯一、パレスチナ出身の作家さんということで検索に引っかかったのがこちらの名作。
 紛争中で小説を書くという営みも難しい現状を感じました。


 アラブ圏ということでアラブ文学も調べてみました。

 『現代アラブ小説全集』は全10巻の様子。


 また、イスラエル・パレスチナ問題に関しては、hontoのブックリストが役に立ちそうです。

「「遠い中東の戦争」では終わらない。イスラエル・パレスチナ問題を知るための本」


 ヘブライ文学のリストはこちらから。
 今回の本と同様に、イスラエル・パレスチナ問題に関する本も含まれています。



参考にさせていただいたサイト



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海星梨
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