シマリス

「シマリスって、本当に、本当に可愛いですよね。」
 ほのかは理科準備室に入るとすぐに席を探し始め、座り始めた。そして軽い挨拶だけすると、スマホを見ながら少しばかしにやにやしていた。そして少しすると、そのようなことを言い出したのだった。

「急にどうしたんですか。」
「いや、シマリスって可愛いじゃないですか。」
「それは分かりますけど。何の脈絡もなかったので。」
「はあ。」
 ほのかは少しため息をついた。
「シマリスが可愛いのに、脈絡も何もないと思うんですけど。」
「まあそれは確かに。」
「まったく、分かってないなあ。」
「すみません。」
「先生は動物とか嫌いなんでしたっけ。」
「嫌いではないですよ?」
「好きでもないんですね。」
 ほのかからの鋭い指摘に思わず黙りこんでしまう樽井。
「いやでもあれですよ、シマリスは僕は好きですよ。」
「え、そうなんですか。意外と可愛い見た目の生き物が好きとかですか。」
「まあそれもありますけど……僕が植物が好きなのは知ってますよね。」
「もちろんです。」
「シマリスは、植物にとってもありがたい生き物なんですよ。」
「そうなんですか?」
「もちろん。」
「え、どういう良さですか。」
「シマリスってほっぺにどんぐり食べますよね。」
「そこが一番のポイントですから。もう、天使の表情してますから。」
「なるほど……」
「引いてますね。」
「ひいてはないですって。」
「早く話してください。」
 ほのかは少し怒って見せた。
「シマリスはほっぺにどんぐりとかを入れて、そのどんぐりを色んな所に埋めるんですよ。」
「へえ。」
「なんでだと思います?」
「え、授業ですか。」
 不服そうな表情をするほのか。
「いやその……クイズみたいなものですよ。」
「なるほど……うーん、冬場に食べるためですか。」
「正解です。」
「やっぱり授業っぽい。」
 気にしないようにして続ける樽井。
「ここからもっと可愛いシマリスのポイントが出てきますから。」
「本当ですか?」
「ええ。シマリスって、どんぐりとかをせっかく埋めた場所を、忘れちゃうんですよ。」
「え、可愛い……」
 ほのかは想像を絶するシマリスの可愛い生態に、思わず絶句してしまった。
「大桃さん、大桃さん?」
「は、すいませんでした。」
 樽井からの問いかけで正気を取り戻したほのかは思わず謝ってしまった。
「大丈夫でしたか。」
「はい。ちょっと想像を遥かに超える可愛さ者だったもので、つい。」
「まあ確かに、可愛いですよね。」
「ちょっと、もっと好きになっちゃったかもしれません。」
「それならよかったです。」
「あれというか、シマリスちゃんたちがどんぐりを忘れちゃうことがなんで植物にとってメリットなんですか?」
「そこから発芽するんです。」
「え、それも尊い……」
 思わぬ回答にほのかはこれまた正気を失いかけた。
「大丈夫ですか?」
「すみません、ちょっと生命の神秘を感じました。」
「そうですか。」
 樽井は少し笑ってしまった。
「何ですか、その態度。」
「いやなんでもないですよ。」
「ふーん……」
 ほのかは怪訝そうな表情で見た。
「まあその、そうやって回ってるんですよ。こういう関係性があるおかげで……」
「ああ、もうそれこそ理科の授業みたいなんでやめてください。」
「それはすいませんでした。」
 樽井は素直に、謝って見せた。

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