どんどん焼き

「いやあ結構歌ったなあ。」
「そうだな。」
 俊作と俺は久しぶりにカラオケに来ていた。
「お腹減ったし、飯でも食うか。」
「もうそんな時間なんだ。」
 スマホを見て驚く。結構長いこと歌っていたみたいだ。フリータイムで入るとついつい時間間隔を失ってしまう。
「やっぱり、ラーメンか?」
「まあそうだね。」
 大学生男子が二人集まれば飯がラーメンになってしまうのは、最早自然の摂理である。
「あれ、今川焼じゃん!」
 俊作が突然そんなことを言った。
「今川焼?」
「そう、今川焼。」
「何それ。」
「え、知らない?」
 辺りを見回してみたが、いくら都会と言えど、路上で焼き物を売ってるような酔狂な奴はいない。
「焼き物売ってる人なんていないけど。」
「いやいや、そういうんじゃないって。ほら見てみろよ。」
 俊作の指さす方を見ると、そこには今川焼というのれんを下げた屋台があった。
「あ、食べ物か。」
「普通に考えてそうだろ。」
「まあ、そうか。」
「うまいから食ってみよう。」
 この歳になって、しかもまさかこんなところで、まだ知らぬ食べ物に出会えるとは思ってもいなかったが、せっかくなので俺も食べてみることにした。
 屋台に近づくとなんだか甘いいい匂いがしてきた。
そして、今川焼なるものを勇気を出して見ようと覗き込むと……
「え、今川焼ってこれ?」
「そうだよ。」
「いや……」
 言いたいことは色々あったが、店先だったたこともあり、とりあえずはその今川焼なるものを買って、その場を離れた。

 近くの小さな公園にあったベンチに腰を掛ける。
「今川焼って、これ?」
「しつこいな。だからそうだって言ってるじゃん。」
「うーん……」
 やっぱり納得がいかない。
「ああ……なんかしょっぱいやつだと思ってたんだろ。」
「いやそうじゃなくて……」
「じゃあなんだよ。」
「これ、大判焼きでしょ?」
「ん?」
「え?」
 変な時間が二人の間に流れる。
「大判焼き?」
「そう、大判焼き。」
「何それ。」
「だからこれ。」
「いやいやこれは今川焼だから。」
「いやこれは……」
 さらに言い返そうとしたが、これでは埒が明かない。
「調べてみようよ。」
 俊作も無言で頷く。
「えーっと……各地によって色んな呼び方があるみたい。」
「ああ、そういうことか。」
「うん、そういうことみたい。」
「他にはどんな呼び方あるの?」
「大判焼き、今川焼、おやき、回転焼き……あとは、兵庫だと御座候(ござそうろう)だって。」
「御座候?それ、食べ物か。」
「うん。俊作が右手で持ってるやつ。」
 俊作は自分の右手に持ったものを舐め回すように見まわしてから、
「これが御座候か。」
 と、つぶやいた。
「他にはね、どんどん焼き。」
「どんどん焼き?」
「そう、どんどん焼き。」
「どんどん焼きは違うだろ。」
「いやそう書いてあるんだってば。」
「どんどん焼きは……」
 そう言いながら俊作はスマホをいじりだす。
「これだろ!」
 俊作が見せつけてきた画面には、棒に刺さったお好み焼きのようなものが映し出されていた。
「全然違う!」
「だろ?」
「はあ……」
「どうした、大河。」
「日本て……広いね。」
 俺は大判焼きを見ながらそう呟いた。

 今川焼を見ながらそんなことを呟く大河を見て、最近何かあったのかと、心配になるのだった。

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