ギプス

午前中の授業もあと一つに残した休み時間、陽介と英一はいつものように勇樹の席まで足を運んでいた。
「あと少しでお昼だね。」
「そうだな。」
「教室で食べるよね?」
「ああ、今日は普通に弁当だからな。」
「つくもっちは?」
「僕も教室で食べるよ。」
「じゃあ後でここに集合だね。」
「オッケー。」
「はいよ。」
ここまでよく繰り返される定型句のような会話である。
「そういえば、隣のクラスの岩永くんって分かる?」
そう切り出したのは英一だった。
「ああ、なんとなく名前は。」
「野球部の人だっけ?」
「そうそう。僕去年同じクラスだったんだよ。」
「へえ。」
「で、その岩永くんだっけか、そいつがどうかしたのか?」
「いや今朝登校中に見かけてさ、いつも朝練だって話聞いたことあったから、珍しいなと思って話しかけようとしたら、右手にギプスしてたんだよ。」
「なるほど、部活かなんかで怪我したのか。」
「うん、一昨日の放課後、練習中に怪我したんだって。」
「ひい、痛そうだね。」
「まあそんなに重傷ではないらしいんだけど、でも少しの間、安静にしてないといけないって言ってた。」
「そういう話を聞く度に、よく運動部になんかはいるもんだと俺は思っちまうよ。」
「まっつんはそういうタイプだよね。」
「確かに運動してたって話聞いたことないかも。」
「意外とビビりなんだよ。」
「別にビビりじゃねえよ。怪我なんかしたくないだろ。」
「はいはい。」
陽介は勇樹をなだめるように、笑いながら答えた。
そんな陽介を少し睨んでみせる勇樹。
「でもそれこそ小さい頃なんかは、そういうのってちょっと憧れだったりしたよね。」
「松葉杖とか眼帯とかね。」
「そうそう!つくもっちも分かる?」
「もちろん。怪我してて大変なのはわかるんだけどちょっと羨ましかったりしたよね。」
「なんならあっち側も後半は見せつけてこなかった?」
「それはこっちは怪我してないからなんともだけど。」
 英一は笑いながら答える。
「俺も、借りてみたこととかあるな。」
「え、まっつんも?そうだったっけ?」
「そりゃあ小学生とかだったからな。陽介たちみたいに群がりこそしなかったけど。」
「なんだ、陰でそんなことしてたんだ。まっつんも意外とムッツリだね。」
「別にムッツリとは違うだろ。」
「まあムッツリといえばムッツリ、なのかな?」
「うーん……納得は出来ないが、英一にそう言われると、そうなのかって思えてくるな。」
「なんでつくもっちの言うことなら信頼しちゃうのさ。」
「そういうもんだ。」
勇樹は鼻で笑ってみせた。
「おかしいなあ。」
 少し首をかしげて見せる陽介。
「まあ陽介は未だに松葉杖とかに、『ガッツリ』食いつきそうだもんな。」
「そんな子供じみてないから。」
「まあまあ、二人とも。」
「すまんすまん。まあとりあえずはその岩永くんって子が特に問題ないといいな。」
「それはそうだね。」
「うん。」
 授業の始まりを告げる鐘が鳴る。
「じゃあ、後でね。」
 そう言うと席に戻っていく二人。そんな二人の後ろ姿を見て、何か体を動かすときは気を付けようと思う勇樹であった。

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