クジラ

 インターホンを押す。緊張の一瞬だ。
「はーい。」
「あ、すみません、勇樹くんの友人の九十九と言います。」
「お、来てくれたか。」
「あ、まっつんか。」
「そうそう。空いてるから入ってくれ。」
 英一は勇樹を出して、ドアを開けた。
「お邪魔します。」
「おお、こっちこっち。」
 リビングに顔を出すと、そこには陽介の顔があった。
「あ、九十九っち。ういっす。」
「う、ういっす。」
「よし、九十九っちも来たことだし、話を聞かせてもらおうか。」
「話って?」
「あれ、九十九っちも突然誘われたんじゃないの?」
「あ、それはまあ。」
「なんで突然読んでくれたの、って聞いたら、英一も揃ってから話す、って。」
「そうだったんだ。」
「まあ、英一もそこに座ってくれ。」
 英一は促されるまま、陽介の隣に座った。
「まずは、これを見てほしい。」
 そういうと、勇樹は二人の前に一枚の紙を差し出してきた。
「勇樹へ。勇作さんが急遽まとまったお休み取れたからホエールウォッチングをしに、沖縄に行ってきます! 母より。」
 陽介は口に出しながら読んだ。
「そういうことだ。」
「え、沖縄?本当に?」
「さっき空港で撮ったっぽい写真も届いてたよ。」
 勇樹はスマホをもってそういった。
「ごめん、全然話についていけないんだけど、この、勇樹さん、っていうのは……」
「俺の親父。」
「あ、なるほど。」
「大丈夫、複雑な家庭環境とかじゃないから。」
 勇樹は笑ってそう言った。
「まっつんのお父さんとお母さんはさ、今でもラブラブなんだよ。」
「へえ、そうなんだ。何かそういうの羨ましね。」
「羨ましくなんかないだろ。」
「いやいや、高校生の息子がいるのに今でも仲睦まじいなんていいと思うよ?」
「だよね。僕もいっつもそう言ってるんだけど、何がいいんだか、って流すんだよ。」
 陽介は似てないモノマネをしながらそう言った。
「ホエールウォッチングってことは、クジラを見に沖縄まで行ったってこと?」
「多分な。去年くらいから母親が行きたい行きたいって言ってたんだよ。」
「へえ。いやあ、行動力がすごいね。」
「休日もよくデートしてるもんね。」
「デートっていうかまあ、よく二人では出かけてはいるよ。」
 そんな話を聞いて、英一はなんだか少し幸せな気持ちになっていった。
「で、それは分かったんだけど、今日はどうして呼んでくれたの?」
「あ、そうだそうだ。どうして?」
「親が旅行でいない。それなら、友達を呼ぼうじゃないか、と。」
「おおお、なるほど!」
「そういうことだったのね。」
「親がいないってだけで、ワクワクするだろ?」
「まっつんもそんな風に思うんだね。」
「そりゃあそうだろ。」
「それは、泊まりでってこと?」
 英一は尋ねた。
「そっちの方が盛り上がるだろ。」
「確かに、絶対そっちの方がいいよ。」
「だから今日は、作戦会議をしようかと思ってな。」
「作戦会議か、いい響き!」
「決行日はいつにする?」
 英一も柄にもなく乗り気になっていた。
「明日は金曜だから、明日の学校終わりからがいいんじゃないか?」
「おおお、いいねえ!」
「この週末は、遊びまくるぞ。」
 勇樹は拳を高らかに突き上げてそう言った。
「オッケー!」
「うん、そうだね。」
 二人も拳を突き上げるのだった。

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