爪切り

辺りは赤い夕焼けに照らされた放課後、好奇心旺盛な若者たちが野に放たれる。
今日したことが未来のためになるなんて思ってないが、それでもいい。
何もしてないじゃないかと言われても構わない。何もしないをしてるのだ。
そんな若者たちは色々なところに顔を出す。
部活動や勉学に精を出すものもいよう。アミューズメント施設で楽しむものもいよう。ファミレスやカフェなんかで友達と話すものもいよう。
やはり学生が多い街のそういった施設は賑わいを見せるもので、今日も今日とてこのファミレスには勇樹たちが当たり前のように顔を揃えていた。

「本当、まっつんのお父さんとお母さんは仲良いんだよー。」
「ああ、そうみたいだね。」
「やめろって。」
「いやでもそうでしょー?」
勇樹は決して肯定はしなかったが、かといって否定もしなかった。
「でも確かに、少し前に家に呼んでくれたときも、親御さんが二人で旅行行ったから、って言ってたもんね。」
「まあ、それは……」
「なんで僕のは無視で九十九っちのだけちゃんと答えるのさー。」
「陽介、お前の言い方はちょっといじってきてるからだ。」
「うーん……」
図星だったのか思わず黙り込んでしまう陽介。
「やっぱりそうじゃねえか。」
「まあまあ、落ち着いてって。」
「ごめんってばー。でもほら、ニュースとかでは聞くじゃん。熟年離婚ってやつ?」
「懐かしいな。昔は聞いたけど、今どきあんまり聞かないだろ。」
「まあ最近はあんまり聞かないかもね。」
「うーん、じゃあ最近はあんまり聞かなくても、でも別にそう言うことが減っていったとかそういうわけではないでしょ?」
「まあ分からんけど。」
「だから、単純にお父さんお母さんの仲がいいのはいいことだと思うのよ。」
「俺も悪いことだとは思ってないよ。」
「でしょー?」
「最近も旅行行ったりされたの?」
「いや、旅行は行ってないかな。まあ旅行行く時も急だから、知るのは本当当日だったりするしな。全く。」
勇樹は遠い目をしながら呟いた。
「どうなの、最近はなんかそういう話あったりしないの?」
陽介はワクワクした様子で少し身を乗り出しながら聞いてきた。
「お前には話さん。」
そんな陽介を一刀両断する勇樹。
「てことは、あったんだ。」
勇樹は陽介に図星をつかれ、思わず閉口してしまった。
「冷やかしたりしないからさ、教えてよ。」
「嫌だって。」
「僕も聞きたいな。」
気づけば英一も興味津々な目を勇樹の方に向けているではないか。
「何でだよ。」
「いやほら、いずれ僕たちも結婚したりするかもしれないでしょう?そういうときに参考になるかもしれないし。」
英一は、なんだかそれっぽい理由を適当に並べてみせた。
「なんだそれ。」
「頼むよ、聞かせてよー。」
すると二人は同じように手を合わせ、そして頭を下げてみせた。
「やめろって、ファミレスだぞ。」
傍から見れば、向かいの席の高校生2人に頭を下げさせている嫌な男に映ってしまう。
「じゃあ、話してくれる?」
「分かったよ。」
勇樹はいつも以上にぶっきらぼうにそう言い放った。
「ありがとう。」
感謝の言葉すら煽りに聞こえてくる。しかしここは、勇樹は仕方なく話し始めた。
「少し前に部屋で勉強してて喉乾いたから飲み物取りに行ったんだよ。そしたらリビングでなんか仲良さそうにしてる声が聞こえて、何かと思ってみたら……」
「「みたら?」」
二人は同時に尋ねた。
「母親が父親の爪を爪切りで切って、そのあとに爪のケアまでしてたよ。」
「おおお。」
「それは、仲良いねえ。」
二人はとても嬉しそうに言った。
「これで満足か?」
「いや、もっと聞かせて。」
「確かに聞きたいかも。」
「うるさい。」
勇樹は席を立ち、ドリンクバーを取りに行った。
「いやあでも、本当いいことだよね。」
「そうだねー。」
勇樹の後ろ姿を見ながら、二人はそんなことを呟くのだった。

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