舟盛り

「30番でお待ちの客様―。」
 白い帽子に白いシャツ、そして黒いズボンを履いた、おそらく普段は大学生をしているのであろう女性が、待合スペースの方に向かって大きな声で呼びかけた。
「はーい。先生、呼ばれましたよ。」
「ああ、よかった。」
 高森が番号が書かれた紙を渡すと、店員は13,14と書かれた札を手渡された。
「こちらカウンターの席となっております。」
「わかりました。」
「ごゆっくりどうぞ。」
 深々と頭を下げる店員に軽く会釈をしながら、二人は自分たちの席を目指した。
「ああ、ここですね。」
 雨相も頷く。
「まあ先生、今日はいっぱい食べちゃってくださいよ。」
「はい。」
 高森は席に着くと、目の前にある湯飲みを二つ取り、そしてその近くにあった容器を開けてそこから匙を使ってお茶の粉を湯のみの中に投じた。
「先生、濃いめの方がいいですか。」
「ああ、できれば。」
「わかりました。」
 高森はせっせとお茶を二つ作り、一つを雨相の前に差し出した。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。さあ、何から食べましょうか。」
「そうですねー。」
 目の前に流れる皿を眺めながら、二人はどれから手を付けようか迷った。

「この前、他の先生たちと料亭的なところに行ったんですよ。」
 いつもの喫茶店での打ち合わせ中、雨相はそう話し始めた。
「え、他の先生方とですか。珍しい。」
「どうにも断り切れなくって。」
 渋い表情を浮かべる雨相。
「ああ、なるほど。」
「で、色々見たことのない料理が届きまして。」
「ああ、そうですか。見当もつかないです。」
 高森は朗らかに笑う。
「で、少しすると舟盛りが出てきたんですよ。」
「ほお、舟盛りですか。」
「で、その時気が付いたんですけど、僕、舟盛りってほとんど食べたことないなって。高森さんはどうですか。」
「まあ居酒屋とかでなら。」
「ああ、なるほど。いや僕って基本誰かと外食しないですし、しても二人っきりとかってことが多いんですよね。」
「ああ確かに、舟盛りはある程度の人数がいないと頼まないですからね。」
「そうなんですよ。」
 雨相は語気を強めた。
「で、その舟盛りを見てたら、鯛のお頭がついてて。」
「ああ、ありますね。立派なやつ。」
「それ見てたら急に、食べれなくなったというか。」
「はあ、なるほど。」
「別に僕はヴィーガンとかそういうわけではないんですけど、その姿を見ちゃうとちょっと……」
「うーん、ちょっとわかりますね。」
「わかってくださいますか。」
「はい。なんかステーキ屋の看板で牛とかブタのイラストがあると、あれ、って思ったりするんですよね。」
「ああ、そんな感じです。」
「で、どうされたんですか。」
「その日は、あんまり食べず。食べるときも目をつぶって食べました。」
「そうだったんですか。」
「でも、お刺身は好きなんですよ?」
 強い口調でそう言う。
「わかりますよ。」
「だから今度、回転寿司屋に付き合ってくれませんか。」
「え、僕が出すか。」
「はい。高森さんになら頼めるんです。」
「それなら、はい。」
 そう言われると高森も満更でもなった。

「じゃあ、いただきます。」
 雨相は迷った結果、ちょうど目の前を回ってきた鯛を選んだ。
「はい。」
 雨相は鯛の寿司を箸で掴むと、醤油にくぐらせてから口元へと運ぶ。
 一回、二回、ゆっくりと噛み締める。
「うん、うん…美味しい。」
「はあ、よかったー。」
「うん、やっぱりあれですね。こういうのが一番です。」
 雨相は笑顔でそう言った。

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