小包

「この前、覚えのない小包が家に届いたんですよ。」
今日は打ち合わせということで、出版社の近くにある喫茶店へ。しかしなかなかいいアイデアが出ず、暗礁にのりあげていた。
「聞かせてください。」
雨相はずっとカチカチしていたボールペンを置き、姿勢を正した。
「あ、はい。」
高森もかしこまる。
「この間うちに小包が届いたんですけど、全然覚えがないんですよ。」
雨相は真剣そうな表情で頷く。
「なにかネットで頼んだ記憶もないですし、一応履歴も確認してみたんですけど、特に何も頼んでないんです。」
「なるほど。」
「もしかしたら両親がなにか送ってくれたのかな、って思ったんですけど、住所と名前を見る感じ、どこかの会社からなんです。」
「会社?なんでしょうね。」
「はい。」
「それで?」
「いや、ていう話です。」
「え?」
思わず拍子抜けしてしまう。
「それで終わりですか?」
「はい。」
「え、で、結局その中身はなんだったんですか?」
「いや、中身を言ってしまえば大したことないものですよ。」
「それでも気になるじゃないですか。」
高森は声を出して笑った。
「珍しいですね、先生がそんな感じになるなんて。」
「そりゃあそうですよ。」
「ああ、すいません。別に先生の心をもて遊ぼうってわけじゃないんです。」
「じゃあ何なんですか?」
「面白くならないかなあ、って。」
「面白くなる?」
「いや僕も中身を知るまではね、事件に巻き込まれるような、壮大な物語の主人公のような気がして、ワクワク半分、ドキドキ半分だったんですよ。」
高森は興奮冷めやらぬと言った表情でそう答えた。
「だから、物語の入口としてはいかがなものかな、と思いまして。」
「なるほど。まあ確かに、面白そうな入口ではありますね。」
「ですよね。色々広がりそうですよね。」
「うん……ホラーなのか、サスペンスなのか、色々可能性はありそうです。」
「先生にそう言ってもらえてよかったです。」
「せっかく高森さんが出してくださったてーあです。ちょっと考えてみましょうか。」
 そういって雨相はペンを取ると、紙にどんどん書き連ねていった。

「先生、どんな感じですか。」
 一時間ほど経っただろうか。無心で書き連ねる雨相の向かいで、途中からパソコンを取り出し、仕事を始めた高森だったが、さすがに時間も時間だったので、そう声をかけた。
 しかし、反応はない。
「先生?先生。先生!」
「あ、すいません。」
 三度目の呼びかけでやっと気が付いたようだった。
「どんな感じですか?」
「ええまあ、結構いい感じですよ。」
「本当ですか!それは、よかった。」
「もうこんな時間なんですね。」
 店の壁にかかっている時計を確認して、そう呟いた。
「ええ。先生が自分の世界に入ってらっしゃったので、なかなか声を掛けられなくて。」
「すみません。」
 雨相は気恥ずかしそうに謝った。
「いえいえ。」
「そろそろ帰りましょうか。」
「そうですね。」
「今度の時までには、原稿仕上げておきますんで。」
「よろしくお願いします。」
 高森は深々と頭を下げた。

 支払いを済ませ、店を出る。
「じゃあ、僕はいったん会社に戻るんで。」
「ああ、そうですか。お疲れ様です。」
 そう言って別れる。
「あ、高森さん、ちょっと。」
「はい。」
「ちなみにその小包の正体、何だったんですか。」
「あ、気になりますか。」
 意地悪そうな顔を浮かべる高森。
「そりゃあもちろん。最初から気になってますから。」
 雨相はさも当然といった表情でそう言った。
「いや実はね、応募したこともすっかり忘れてた雑誌の景品だったんですよ。」
「ああ、なるほど。」
 雨相は軽く笑った。
「事実よりも小説の方が奇なり、ですよ。」
 そう言うと一礼して、高森は会社の方へと歩いていった。

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