黒松寄席

「今日もここまで来てくれてありがとう。」
「あ、こちらこそお招きいただきありがとうございます。」
「いやここ俺の家ー!」
「おお、すまんすまん。」
「ははは。」
 今日も今日とて、黒松に呼びだされた北はビギンマンの家に向かったのだった。
「いや今日もな、もちろん話したいことがあって呼んだんよ。」
「ああ、はい。」
 黒松という人間は決して悪い人間ではなかったが、前回の黒松一派の結成といい、SNS始動といい、なかなか突拍子もないことを言う男なので内心焦りもあった。
「前回のSNSの続き?」
 そう言えばあれ以来一向に進展していないSNSに関して掘り下げるビギンマン。これもまた同期ゆえに為せる業なのだろう。
「いやあれはな、もう少し考えてからにするわ。」
 少しばかり口を濁す黒松。
「ああ、そうなんだ。」
 ビギンマンはなぜか少し寂しそうだった。
「なるほど。」
 曖昧な相槌を打つ北。
「まあまあそれはそれとして、今回話したいのはほかでもない……黒松寄席や。」
「「黒松寄席?」」
 練習したわけでのないのに思わずハモってしまう二人。
「そう、黒松寄席や。」
 よく芸人さんが仲のいい芸人や気になっている芸人を呼び、〇〇寄席と銘打ってライブを打つことはあったが、まさか黒松もそれをやろうとしているらしい。
「黒松寄席って言うと、兄さんに縁のある芸人さんで寄席を開くってことですか。」
「せや。」
 最近ではもうこの似非関西弁も特段気にならなくなるほど毒されていた。
「なるほどね。いいね!」
 基本的にビギンマンという男は黒松のことを肯定しかしなかった。
「いい、ですかね。」
「いいでしょ。」
「はあ。」
 一抹どころではない不安が残る北。
「まあ問題はどんな芸人を呼んで開くかってことや。」
「そうですね。」
 何かにすがるように必死で祈る。
「そこは大事だよね。」
「まずは、俺たち。」
「そうですね。」
 これは当然のことである。
「そして次に、黒松一派副官の、ビギンマン。」
「俺副官なの?」
「せやで。黒松一派の土方歳三やで。」
「おお、カッコイイねえ。」
「ああ、新選組の鬼の副長ですね。」
 副官という言い方は気にかかるが、まあこれも順当である。
「そして、黒松一派若頭の北。」
「あ、ありがとうございます。」
 もちろんここも織り込み積みだ。
「まあもちろん普段こうして飲むときみたいに一人で出てもらってもいいんやけど、せっかくやったらやっぱり寄席やから、トリオでネタしてもらうのもええんとちゃうか、って思っててん。」
「ああ、なるほど。」
 確かにピンかトリオかどちらで出るのだろうかとは思ったが、こう提案されては相方たちに打診するほかない。
「確かにね。そういえばトリオでのネタは僕たち見たことないもんね。」
「せやろ。三人の動画は見たことあるけど、生では見たことないからもしよかったら、な。」
「はい、是非三人でお願いします。」
「おお、よかったよかった。」
 ビギンマンが乗り気だった様子から見ても二人に打診せざるを得なくなった。
「で、あとは?黒松一派って言うとやっぱりこの三人のイメージがあるけど。」
 確かにビギンマンの言う通り、黒松一派という括りで飲む際に他のメンバーがいることはなかった。
「おお、そこなんやけど、もう既に何組か目星はつけてんねん。」
「おお、そうなんですね。」
「へえ、誰誰?」
「まずは、夏夏夏(なつなつなつ)。」
「え、夏夏夏?」
「そう。」
「はあ。」
 黒松は満足げな表情を浮かべ、ビギンマンも驚いた表情をしていたが、北にとっては聞きなれない名前だった。
「あ、北は知らんよな。いやこいつら漫才もコントもやるコンビやねんけど、俺たちの養成所時代の同期やねん。」
「ああ、そうなんですね。」
 できればまずはシンプルに、自分たちの動機であるという情報が欲しかったなと思いつつ、北は納得した。
「海老沢と神田でしょ?懐っ!」
「いや、夏夏夏だけに!やめろや!」
「ああ、ごめんごめん。」
「へえ。」
 学生時代の教室内で繰り広げられる寒いノリのようで、北はうまく笑えなかった。
「漫才王も何回か二回戦とかいってたんちゃうかな。」
「ああ、そうだったかもね。」
「へえ、そうなんですね。」
 全く実力がないわけではないようで、北は少し安心した。
「まあいい奴らから、紹介するわ。」
「お願いします。」
「久しぶりに会えるの楽しみだな。」
 せやろ、と言うと、黒松は続けた。
「次は、プレッシャーハーブ。
「プレッシャーハーブさん?」
「僕も知らないなあ。」
 先輩か後輩かもわからないため、名前を聞いても反応に困ってしまう。
「これは最近下北沢のライブとかでよく被るコンビで、桜井と設える(しつらえる)っていう二人でやってんねん。」
「設える……さんですか?
「そうそう、そういう芸名。」
「はあ、なるほど。」
 動詞を名前に着けるとは、なかなかトリッキーである。
「多分、俺とかビギンマンとほぼほぼ同期やねんな。」
「ああ、そうなんだ。」
「なるほど。」
 北からするとどうやら先輩コンビらしかった。
「まあここを呼ぶわ。」
「はい。」
「で、次はパネル・パ・ネルパ。」
「ああ。」
 少し聞きなじみのある名前である。
「お、知ってる?」
「なんかライブで名前見かけたことはあります。」
「おお、そうか。こいつらは芸歴5年目やねん。」
「あ、じゃあ僕たちと一緒です。」
 思わぬ共通点に少し嬉しくなる北。
「おお、ええやん。しかもこいつら、トリオやねん。」
「え、トリオなんですか?」
 さらに親近感がわいてくる。
「そう。」
「へえ、いいね。」
 相変わらずイエスマンのビギンマン。
「せやろ。コントメインで、ゴッドオブコントも二回戦とかは行ってるんよ。」
「ああ、そうなんですね。」
 自分たちは未だ突破できてないだけに、そのすごさを実感した。
「名前が、相澤と朝倉と、狐麻呂。」
「「狐麻呂?」」
 二人は声を揃えて唱えた。
「変わった名前だね。」
「いや僕たち二人とも変わった名前ですよ。」
 北は即座にツッコミを入れた。
「ああ、そうだった。」
「何天然出してんねん。」
 黒松がここぞとばかりにツッコむ。
「ごめんごめん。」
 ビギンマンは少し照れた表情を浮かべた。
「で、ラスト。」
「おお、最後ですね。」
「誰だろう。」
「ラストは、ダダダッの奪取さん。」
「ダダダッの奪取さん?」
「俺が大阪いた頃にすごいお世話になってた先輩なんよ。」
「ああ、そうなんですね。」
 そういえば黒松は大阪でも養成所に通っていたことを思いだした。
「ダダダッの奪取、って名前でピン芸人やられてんねんけど。」
「あれ、一回お会いしたことあるよね。」
「あるある。奪取さんが東京来た時に、同期ですって紹介したことある。」
「ああ、あの人ね。いいねえ。」
 どうやらビギンマンは面識があるようだった。
「せやろ?」
「じゃあ結構組数いるんですね。」
「せやな。俺たち合わせて、7組やな。」
「おお。」
 黒松の答え方から言っても、なかなかしっかりと考えているようだった。
「で、もう会場も目星つけてんねん。」
「本格的ですね。」
「もちろんや。」
「キャパはどれくらい?」
 そこが一番のネックである。
「120やな。」
「「120?!」」
 あまりのキャパの大きさに思わず絶句する二人。名も通ってない若手が七組集まったところで、120というのは相当である。
「埋まりますかね。」
 シンプルな疑問をぶつける北。
「埋めるんよ。」
 全く答えにならない答え。
「埋めるしかないね。」
 こちらも同様である。
「まあ詳しいことはまたおいおいやけど、ライブの流れは考えててん。」
 もうキャパの話は終わったらしい。不安はぬぐい切れないが、とりあえずは話を聞くしかない。
「聞かせていただけますか?」
「おお。まずは黒松寄席やからな、俺が前説というか、MCさせてもらって、そこからネタや。」
「なるほど。」
「ネタ順も決めててん。」
「お、教えて教えて。」
「まずはプレッシャーハーブに漫才をして、お笑いライブらしいところを見せつけてもらう。」
 このライブにおける実質トップバッターはなかなかの重圧。とりあえず自分たちの名前が出なかったことに北は胸をなでおろした。
「次が、ビギンマン、お前や。」
「はい分かった。」
 二つ返事で了承するビギンマン。
「そして、伝説のけん。」
「はい。」
 この出順ならまだ納得できよう。
「次がパネル・パ・ネルパにコントをしてもらって、ダダダッの奪取さんにピン芸を披露してもらう。」
「ほお。」
「そんでトリが夏夏夏や。」
「トリ?あれ、二人は?」
「まあ最後まで聞けや。」
「おお、すまん。」
 北もそわそわしてしまう。
「そのあとはみんなでコーナーで、一応大喜利を考えとる。」
「なるほど。」
「そのあとに俺たち。がネタを披露や」
「そこで登場されるんですね。」
「そうや。まあこれが、しめじとして最後の漫才になるからな。」
「「え?!」」
 今日一番の大声をあげる二人。
「解散されるんですか?」
「聞いてないよ、そんなの。」
 たまに単独ライブや大きなライブを銘打ってそこで解散する飛んでも芸人がいるが、まさか黒松がそんなしゃらくさいことをしようというのか。
 他の欠点は全て見逃すから、せめてその失態だけは避けてほしいと北は思った。
「落ち着けって。解散なんかせんわ。」
「ああ、よかったー。」
「ビックリするじゃん。」
「だからしっかり聞きいな。しめじとして、って言うたやろ。」
「てことは?」
「改名するんよ。」
「ああ……」
 これはこれでな気もしたが、最悪の事態は避けられたのでこれ以上は言及しないことにした。
「え、改名するの?」
「おお。漫才終わって、最後のエンディングで発表すんねん。」
「へえ、なんて名前にすんの?」
「ええ?まあ、二人にだけは教えたるわ。」
「ああ、お願いします。」
 もはや二人の会話など聞いていなかったが。話の流れでなんとなくそう言った。
「人間侍(にんげんざむらい)。」
「人間……」
「侍……?」
「せや。ええやろ。」
「ああ……」
「うん、カッコイイね!」
「…そうですね。」
 感情を押し殺して答える。
「まあ今考えてるんは、ざっとそんな感じやな。」
「いいねえ。」
「あの、ちなみに、いつ開くんですか?」
「来月や。」
「来月?キャパ120のライブを来月?」
 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
「せやで。」
「おお、頑張らないとだね。」
 頑張ろうにもなかなかなことである。
「せやな、頑張ろ。」
「うん、頑張ろう!」
 二人は既に手を重ねている。
「ほら、北も。」
「あ、はい。」
 恐る恐る手を重ねる北。
「頑張るぞ、おー!」
「おー!」
「お、おお。」
 二人は満足げな表情を浮かべながら、酒をあおり始める。
「本当、楽しみやなあ。」
「そうだね。」
「ああ……楽しみぃ。」
 北は消え入りそうな声でつぶやいた。

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