「10.5巻 外伝 奇跡の軌跡」

 以前より僕のnoteを読んでくださっている方ならご存じかもしれませんが、僕は毎日、大学時代のサークルの友人に何かしらの文章を送っています。そして、彼の誕生日には、丹精込めて書き上げた長文を送るようにしているんです。
 ということで今月の御話は、今年の友人の誕生日プレゼントとして贈ったものです。


 今回の御話のコンセプトは、「10.5巻」。
 というのもその友人は10月5日生まれなんですね。一度、これは学生時代の頃の話ですが、色々な漫画やライトノベルの10.5巻だけプレゼントするという奇行に走ったこともありました。まあビックリするほど喜んでくれませんでしたが。
 そんな前置きはこれくらいにして、そろそろ本編の方を読んでいただきましょう。

「10.5巻 外伝 奇跡の軌跡」

 この物語は、≪神の代弁者≫(メタトロン)のメンバーであり、四聖の一人、【奇跡】の能力者である藤間大和(とうまやまと)が、能力を発現させ、≪神の代弁者≫に入るまでの物語である。

 いつものように目を覚まし、いつものように顔を洗い、いつものように朝食を取り、いつものように着替え、いつものように家を出る。今日もいつもと同じような日常が続くと、藤間大和は思っていた。
 最寄りの停留所まで歩き、バスを待つ。バスの到着時間が近づくにつれて、どんどんと人が集まってくる。別に挨拶を交わしたりはしないが、毎朝見かける人たちだ。
 少しするとバスがやってきた。ブザー音が鳴り、ドアが開く。順々に乗車する面々。
この停留所からだともう椅子は空いていないので、藤間はなるべく降車口に近いところを陣取り、手すりを掴んだ。
 バッグから文庫本を取り出し、読み始める。
本を読むのが好きというほどではないが、何もしないよりはいい気がして、本を読んでいるのだ。
 駅に向かうバスゆえに、停留所に泊まるたびに乗客が増えていく。
 ああ、そろそろ駅か、そう思い、文庫本をしまおうとした時だった。

 キーーー!

とてつもなく大きなブレーキ音。よろける体。悲鳴を上げる乗客。
藤間がふと前を見ると、こちらに向かってくるトラックの姿。思わず目をつぶってしまうのだった。

 どれだけの時間が経ったのだろう。もしかしたら自分は死んでしまったのだろうか。いや、そんなことを考えられている時点で死んでいないのではないか。
 勇気を出して目を開ける。そこに広がっていた光景は、まさしく地獄絵図。大破した車に、動かなくなった無数の人影。目の前には血の海。
 自分の体にも血がべっとりとついている。
これほどの事故だ。おそらくどこか怪我をしたのだろう。しかし体中を触ってみるが、痛みはない。あまりの痛みに体がおかしくなっているのだろうか。
 それからはあっという間だった。けたたましいサイレンと共に、何台もの救急車とパトカーが現れ、怪我人を運んで行った。
「大丈夫ですか?」
 藤間のもとに駆け付けてきた救急隊員がそう尋ねてきた。
「はい。」
「痛いところはありませんか?」
「なさそうです。」
 驚いた表情を浮かべる救急隊員。
「あの、お名前は言えますか?」
「藤間大和です。」
「分かりました。そうしたら病院の方まで行きましょう。問題がないように思われても、どこか怪我をしている可能性もありますので。」
「あ、はい。」
 藤間はその救急隊員に促されるまま、救急車へと乗った。

 あの事故から数日が経った。多数の死傷者が出たにもかかわらず、藤間一人のみ無傷だったが、万全を期するため入院生活を余儀なくされていた。
 そして今日が検査結果が分かる日だ。
「検査の結果が出ました。」
 診察室に向かうと、医師が神妙な面持ちでそう話し始めた。
「結論から申しますと、藤間さんは確かに無傷でした。」
 ひとまず安堵する。しかし、どうやら続きがあるようだ。
「そしてもう一つ分かったことが。」
「なんですか?」
「どうやら藤間さんは能力が発現したようです。」
「え?」
 医師からの思わぬ宣告に言葉を失う。
「藤間さんは能力者ではなかった。それで間違いないですよね。」
「はい。生まれてこの方、そんなことはありませんでした。」
「とすると、おそらくこの事故はきっかけで能力が発現したようです。」
「そんな、私今年で30歳ですよ?そんなことってあるんですか。」
「そうですね、一般的に能力が発現するのは10歳まで。遅くとも20歳になるまでには発現します。」
 それは聞いたことがある話だった。
「しかし稀に、ごく稀にではありますが、成人後に発現する方もいらっしゃるんです。」
「それが、今回私の身に起きたって言うんですか。」
「おそらくですが。成人後の能力発現に関してはまだまだ謎な部分が多いのですが、今回の藤間さんのように、大きな事件や事故がきっかけで、能力が発現するという方がいらっしゃるんです。」
「それは、間違いないんですか。」
「はい。血液検査を始め、全ての検査で、能力が発現した方と同じ結果が得られました。」
 藤間はただ天井を見上げることしかできなかった。
「それでその能力っていうのは、どういった能力なんですか。」
「藤間さんの検査結果を照らし合わせてみたところ、非常に稀な能力ではあるのですが、【奇跡】の能力ではないかと。」
「【奇跡】、ですか?」
「はい。自分に降りかかるありとあらゆる災難を防ぐ能力です。」

 その日のうちには退院を認められた藤間は、職場にも連絡を入れ、明日からの出勤を決めると、いつもよりも早く床に就くのだった。
「奇跡、か。」
 能力発現、子供の頃には憧れたこともあったが、もういい歳をしたおじさんだ。
 藤間の心の中は喜びやワクワクよりも、不安でいっぱいだった。

 次の日、藤間は今までよりも早く起き、準備を始めた。
あの事故があったためバスに乗るのが気が引けた彼は、珍しく自転車で向かうことにしたのだった。
 何の事故にも巻き込まれず、無事職場に着いた彼は職員室へと向かった。
 ドアを開けるとみんなが一斉に振り返る。
「藤間先生、よかった。」
 そう言って校長が近づいてきた。
「ご迷惑をおかけしました。」
「迷惑なんてそんな、よくぞご無事で。」
 周りからの突き刺さるような視線。なんともいたたまれない。
「もう体調の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ。」
「よかった、無理はしないでくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
 それから数日は、何かと注目されることも多かったが、人の噂なんてものは時間が経ればなくなっていくもので、次の週には前までと同じようになっていた。
 それから月日はあっという間に経ち、あの事故から早くも一か月が経とうとしていた。
藤間はこれまでと同じように、しがない数学教師として日々を暮らしていたが、ある一本のニュースが私を取り巻く環境をガラッと変えた。

「トラックとバスの正面衝突事故 事故被害者、能力発現か?」

 この報道が出ると、藤間は世間の注目の的となった。
 連日マスコミに囲まれる生活。どちらかといえば目立ちたくない私にとって、今の生活はあの事故以上に地獄のような日々だった。
 朝早くから夜遅くまで、通勤中だろうとお構いなしにマスコミたちは押し寄せてくる。

「三十路目前にして能力発現した【奇跡】の男」
「いかにして数学教師が【奇跡】を引き起こしたのか」

 テレビやネットでも、成人後の能力発現が話題の中心となり、藤間はどんどんと生きづらくなっていった。
 事情を考慮してくれた学校側の配慮により、休職扱いになった藤間は、一度は実家へ帰ることも考えたが、そうすると次は実家にまで迷惑がかかると思い、とりあえずは嵐が止むまで家に引きこもることにした。
 初めの方は、それでもやはり連日連夜マスコミが自宅に押し寄せてきたが、事故にあった後と同じように、時間が経つにつれて、彼の話題は徐々に風化していった。
 ちょうどその頃、とある能力者の集団によるテロ行為が話題となり、今度はそちらの話題一辺倒になった。

 すっかり世間がとり正さなくなり、少しずつ落ち着きを取り戻していった藤間は、久しぶりに外出をすることにした。
 家の扉を開けてみる。カメラが押し寄せてくることはなさそうだ。彼は自転車に乗って駅まで行くと、商店街の方へと進んでいった。
 何か目的があってというわけではないが、久しぶりの外出。どちらかと言えばインドアな藤間にとって、これほどまでに外出ができて喜ばしいことは未だかつてなかった。
 ぶらぶらと歩いていると、突然後ろから大声が聞こえてきた。
「おーーーい!」
 後ろを振り返ると、そこにはまだ昼前だというのに完全に出来上がったおじさんが一人。
「あんた、【奇跡】の男だろ!」
 背筋がぞっと凍り付く。周りいた人もその声を聴いて、藤間の方を見た。
「やっぱりそうだ。【奇跡】のやつだ。」
 藤間は逃げるようにしてその場を離れようとしたが、男は許さなかった。
「おい待てよ、奇跡さんよ。お高く留まりやがってよ!」
 持っていた缶ビールを一杯煽る。
「どうせお前は俺みたいなやつのことバカにしてんだろ。なんか言えよ!」
「いえ、そんなことはないです。」
 ゆっくりと振り返ってからそう答える。
「やっと返事したと思ったらつまんねえ返事しやがって、ふざけんな!」
 すると何を思ったのか、男はポケットから何かを取り出した。
「見ろよこれ、護身用のナイフだ。いいことなんて何もなくてよお。だったらせめて、俺に奇跡ってやつを見せてくれよ!」
 男はそう言うと、ナイフを構えたまま、藤間の方へと走ってきた。
 【奇跡】の能力だとは言われたが、いざナイフを向けられれば怖いに決まっている。何もできない藤間。向かって走ってくる男。
 と次の瞬間、酔っていたからかバランスを崩した男は横によろめき、逃げ出せずに道の横で固まっていた子連れの母親に向かっていった。そして、男の持っていたナイフの刃は、子供を庇った母親の体に飲み込まれていった。
「きゃー!」
 どこからともなく聞こえてくる悲鳴、泣き叫ぶ子供、立ち尽くす男。
 すると男は、母親からナイフを抜き取り、うつろな目で藤間の方へと視線を移した。
「なんだい、これがあんたのいう【奇跡】ってやつかい。」
 次の瞬間、男は気味の悪い笑顔を浮かべてから自分の首にナイフを突きつけた。
 藤間は、その男から目を話すことができなかった。
『自分に降りかかるありとあらゆる災難を防ぐ能力です。』
あの医師の言葉が頭の中を駆け巡っていた。

「あんたが【奇跡】の男だろ。」
 鍵とチェーンまでかけたドアをいとも簡単に開けたその男は、そういった。
「……。」
「違うのか?」
「……だったらどうした。」
「ならいい。早く準備しろ。」
 藤間は怪訝そうな表情を浮かべる。
「いいから来い。」
 その男はなおも高圧的にそういった。
「小坂くん、そういった態度はいただけないよ。」
「ボス。」
 小坂と呼ばれた男は急に態度を改めた。
「ボスはやめてくれよ。」
 ボスと呼ばれた男は、にこっとした表情を浮かべてそう言った。
「はじめましてだね、藤間くん。」
「あんた、誰だ。」
「私は伯楽(はくらく)、そう呼ばれている。」
 伯楽は一呼吸おいてから続ける。
「君を迎えに来た。」
「迎えに?」
「君にとってこの世界は腐りきってる、そうだろ。」
「いや、腐りきってるのは、俺だ。」
「なるほど。では、死にたまえ。それが君に残された道だ。」
 藤間は鋭い眼光で伯楽を睨む。
「死ねないんだよ。」
「なるほど。では、私を手伝いたまえ。」
「手伝う、だと。」
「そうだ。今から、世界を壊しに行く。その手伝いをしてくれ。」
「そんなことをして何になる。」
「壊せばわかる。」
 伯楽は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
 今や何も残っていない藤間に選択の余地はなかった。
「わかった。」
「これで君も私たちの同士だ。」
 伯楽は藤間の肩に手を置いてこういった。
「おめでとう。」

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