特急

 お夕飯を食べ終わり、勇樹は自分の食器を片付けるとスマホを片手にリビングのソファに腰かけた。
「亜寿美さん、今日のお夕飯も絶品だったよ。」
「もう、勇作さんたら。」
 こんな光景は松野家では見慣れている、いやむしろこういうやり取りがない方が心配になるほどだ。
 勇樹は二人のイチャイチャっぷりをかき消すかのようにテレビをつけ、チャンネルを回した。特段見たい番組がなかった勇樹は、クイズ番組が流れたところでリモコンをテーブルの上に置いた。
 しかし別に特に面白いわけではない。キッチンの方では二人がいつもの通り、愛を囁き合っている。それならばと自分の部屋にでも戻ろうかとしたところで、亜寿美が声をかけた。
「あ、勇樹待って。今日美味しそうなリンゴを買ってきたのよ。食べない?」
「ああ。」
 曖昧な返事をする勇樹。
「ああ、いいじゃないか。」
 勇作はなんだか嬉しそうである。
「分かった、食べるよ。」
 そう言うと、勇樹はもう一度深くソファーに腰かけた。
「勇作さんも、待っててね。」
「はーい。」
 アニメならばわかりやすく目がハートになっていただろう。勇作は分かりやすく上機嫌な態度でリビングに向かうと、勇樹の横に腰かけた。
「なんだ、クイズ番組か。」
「うん。」
「何、略語?」
「うん。」
 勇樹はスマホをいじりながら適当に返事した。
「特急って、あの電車の特急か。」
「え?」
 勇作から問いかけられ、テレビに視線を戻す勇樹。
「ああ、そうじゃない。」
「略語なのか。」
「そうだよ。」
「なんだ、勇樹答え分かるのか。」
 勇作は少し驚きながら尋ねた。
「分かるよ。そんなに難しくないでしょ。」
「いや、なんだ。」
「特別急行だよ。」
「ああ、なるほどな。」
 勇作はオーバーに見えるほど大きく納得してみせた。
「他のも分かるのか?」
 勇樹は改めてテレビを見る。
「うん、分かるね。」
「ええ?じゃああれは、食パンは?」
「食パンは……」
 勇樹はなんだかすんなり答えるのも悔しくなり、聞いてみることにした。
「なんだと思う。」
「え、いや……あ、食用パン。」
「ああ。」
「違いそうだな。」
「惜しいね。」
「惜しいのか。」
 そう言うと、勇作は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
「答えは、主食用パン。」
「主食用パン。はあ、勇樹は物知りだな。」
「そんなことないって。」
「こんだけ頭いいと、モテるんじゃないか?」
 勇樹は思わぬ質問に面食らって勇作の方を見たが、勇作の表情はふざけているというよりも至って真剣そのものだった。
「いや、そんなことないから。」
「なんだ、恋人いないのか。」
「いないよ。」
 勇樹には答えることすらためらわれた。
「そうか……ああ、じゃあ、陽介くんは?」
「あいつもいないって。」
 もうリンゴなんて食べずに部屋に戻ろうかと思ったタイミングで、亜寿美がリンゴを運んできた。
「はい、切れたわよー。」
「ああ、ありがとう。」
「うん。」
「はい、食べてね。」
 亜寿美は二人にリンゴが入ったお皿を渡した。
「いただきます!。」
 勇作は大きく口を開けるとリンゴを頬張った。
「うん、美味しい!」
「よかったー。勇樹は?」
「うん、うまいよ。」
 横で小さく食べていた勇樹も答えた。
「まあでも勇樹も高校生だもんな。」
「うん。」
「俺と亜寿美さんが出会ったのは高校生の頃でな……」
 父が遠くを見つめながら何万回と聞いてきた思い出話に花を咲かせようとした。
「分かったから、いいよ。俺部屋で食べるよ。」
 勇樹は皿を持つとソファーを立ち、自室へと向かうのだった。

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