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不思議な・・・夢 =狭間の世界=

私の嫁は不思議な夢をみる・・・みたいだ。それについての理由を考えたところで説明は不可能である。見るものは見る。感じるものはそう感じる。そこに疑問はないが、やはり理由を知りたい。
ただ、そう思う・・・。

ともいう私はどうなのか?

今回は私自身の事について少し語ろうかと思う。
結論、私は夢を見ない。というより正確に言うと見るのだが覚えていない。
嫁は不思議な夢を見る。不思議な夢を見ることは勿論だが、まず鮮明に覚えている事が私はすごい事だと思う。

私自身と言えば、不思議な体験をしたことは結構ある。
例えば、臨死体験、金縛り、無私の知らせ、等々・・・。
私は、物心ついた時から見えない何かの存在に気づいていた。もう45だがおそらくそれを感じない日は無い。
年月が経つにつれて、漠然としていた何かが確信に変わりつつある。しかし、それを特定するには至らない。正直それを信じられない自分がどこかにある。だから尚更に嫁の夢はある種、
私自身の回答になり得るのではないか?という期待感もある。

私は信心深いと言えば信心深い。
例えば、山で用を足す時には必ず1礼するし、何かに対して失礼のないようにとは心がける。”何をどこまで”のラインはわからない。だが、誠意を態度で示すようにはしている。時には声に出して、”感謝”と”謝罪”を行う。
私が”誠意”を示すようには心がけているのは、見えない何かに対しての”恐れ”から来るものが大きい。

夢と現実の狭間を見た

不思議な・・・夢の延長だと思われる体験を私はしたことが記憶3度ある。
簡単に説明すると、目で見える”今”の風景を見ながら”もう一つの映像”がそれに重なって見えるのである。

ん?何?意味が解らん。

不可解なので上手く説明できないが、簡単に言うと目で見えている映像に重なるようにして”もう1つの映像”を見ているのである。それもハッキリ覚醒している(起きている)状態で。なので、夢の中とは違い”不思議だ”とその場で感じられるのである。夢の中の体験では、明らかに辻褄が合わなくても非現実的な事が起きても(例えば空を飛んでも)その時そこまで”不思議”とはならないと思うが、この狭間では頭の中は?だらけになっている。映像も気になるし、そもそも”コレは何?”が頭の中でグルグルしている状態である。その時はイキナリやってくる。

狭間の初体験

この夢でもない、現実でもない、重なり合った世界を私は”狭間”と呼ぶことにする。とにかく言葉が見当たらない。
この狭間体験の始まりの話をしようと思う。
私は友人とキャンプに来ていた。友人は夜中過ぎに先に寝てしまい、私はなかなか寝付けずに朝を迎えようとしていた。その時だ!
明け方白々する辺りの景色に重なるようにして、見たことのない映像が重なる。一瞬、”は?”と思った。

砂漠が見える・・・。

口に出して思わず”え?何?何だこれ?”と言ったのを覚えている。
私は明け方の少し肌寒い林の中で、寝袋に包まれたままうつ伏せで、その景色を見ながら、昼間であろう砂漠の岩の間を歩いている。
しかも、頭の中のどこかで、その砂漠の先を知っているかの如く、”確かこれを右、いや左だったかな”とか考えている。にわかにどころか、まったくもって理解不能な状態はしばらく続いた。砂漠と言っても砂一面ではなく岩場がある所でゴツゴツした岩肌、砂の質感、照り付ける太陽の暑さをも感じられるほどそれは鮮明すぎた。
段々こちらの世界?も明るくなっていくと同時にその砂漠の映像も薄くなっていった。太陽が昇る頃、映像はほとんど見えないくらいに薄くなり見えなくなった。

どれくらいの時間続いたのだろう。その後すごく眠くなってそのまま寝た。
友人が朝食を作る匂いで目が覚めた。

あれは何だったのか。。。と言うより、あれは何処だったのだろうと思った。そして、私はそこで何をしていたのだろうと。
全く見当もつかなかったが、今でもその映像と砂の感触と暑さは記憶に
残っている。

後日談

友人とのキャンプを終えて帰宅した私は、嫁にこの不思議体験を話した。
直接私の体験との関係性があるかはわからないが、嫁の話には何か意味がありそうな気がした。

私はその砂漠をおそらく知っている。
私はそこで箱のような建物に入った。
しばらくするとその箱は地上から浮き上がり空へと上がっていった。
その瞬間、壁も床も透明になり周りの景色が見渡せるようになった。
そこは大きな岩場の混じった砂漠のような場所で、多くの人たちが見えた。
私は、その箱の中で一人の女性から
”私たちは選ばれた人なのよ”と言われた。
”私たちはどこに行くのですか?”と尋ねると、
その女性は”安心して”と優しい笑顔で微笑んだ。
しばらくその箱は空に昇り続け宇宙らしき場所に出た。
それからも箱はさらに上へ上へと昇っていくようだった。
段々意識が遠のき光の中に溶け込んでいくような感覚になり、
目が覚めた。。。という事だ。
更に嫁は、
”私はその箱が何なのか知っている”
と言った。

不思議な箱より

同じ場所なのかどうかはわからない。
しかし、確かに私はその砂漠では何かを求めて探していたようにも思う。
ただ単に歩いているのではなく、何かに追われるような焦燥感みたいなものを感じながら行動していたような気がする。
映画の切り抜きを見るようなものなので、どの場面なのか皆目見当もつかなし、それが時間的にも” いつ ”なのかもわからない。何1つわからないままそれは突然起きて、そして終わった。

この体験の後、私は2、3度同じような体験をするのだが、未だにそれが何なのかわかっていない。ただ、その体験が私の中ではもう驚きでない事が、驚きである。嫁に”場所を何とか特定したほうが良い”と言われるが、
何処にでもありそうな景色、風景。しかも、海外ともなれば、あまりにも広範囲であるため、いづれにせよ特定はできていない。

”前世での体験を夢に見る””前世を覚えている”とか聞いたことがあるが、
もしかしたら、何か関係があるのではないか?とか、”自分は誰だ?”とか、”生まれた意味”とか、色んなことを考える。
何にせよ、
嫁が自分にとってのある意味 ”羅針盤” であり、自分が地図に残してきた何かがもしあるなら、その意味を知りたいと思うのである。


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