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元特殊部隊より愛をこめて

唐突だが、サラリーマンは自分の時間を売っている。
んで会社はサラリーマンを買っている。
おかしいか?ん?おかしくはない。

私はサラリーマンで能力を売っていた、、、つもりになっていた。
だが実は時間を売っていたことに気が付いた。

私は16年働いていた会社を辞めた。
私の気が付いた事は正しかったと、その後すぐに確信に変わった

私は転職はしなかった。
お金が、生活が、家族が。
世のサラリーマンには守りたいものがたくさんある。

でも、私は私として働いてみたかった。
自分に向き合って、自分が本当にできる事を確認したかった。

サラリーマン時代、時々”自分は自分として何ができるか?”
を常に考えた。私は”これができる”と確信したことは、
会社を辞めて幻の様にことごとく消えてなくなった。

取引先は、お客さんは、私ではなく会社と取引をしていた。
信頼関係など幻だった。

私は中小企業で働いていた。私の所属する部署は少し特殊で
私はその部署のほぼ全権を任せられていた。
全権とは少し言いすぎだが、簡単な話、上司と言える上司も実は他部署の掛け持ち上司であり、業務に関してはほとんど自分の采配で物事が進んでいく状態であった。社内でも私の部署は会社の1画として言えるほどの売り上げ貢献をしていたので、カッコよく言えば”特殊部隊”だった。
時々、同僚と”俺たち俗に言うパラシュート部隊だろ”と冗談を言っていた。

中小企業の多くは”トップダウン”が多い。と言うのも組織としてそこまで
大きくはない。組織としての大きさとは単純に社員数によると思う。
管理できる人数にも限界があり、要所要所で役割が必要になる。
私の会社の社員数は200ほど。そこそこ大きいと言えば大きい。
役職者も割といた(係長や課長など)
私は肩書こそ主任だが、取引会社の社長同席の懇親会等にも参加していた。

とある懇親会に呼ばれた時、周りはそれこそ地元では名の知れた企業の社長や部長達。稀に課長がいるような場であった。
私はと言うと、200人はいるであろうその場において”主任”の肩書きを持った珍しい存在であった。初対面の恒例の名刺交換の際、
”何なんだこいつ?”
内心”うんうんわかるよ。俺だって場違いなのはわかってるつもりさ”
ってな感じだった。
しかし、社長からは”しっかり営業しとけよ!”と言われており、
自分なりに積極的に”挨拶回り”をした。
自分の渡す名刺が自棄に色あせて見えたのが懐かしい。

話が逸れてしまった。

私は主任でありながら、”特殊パラシュート部隊隊長”
部下もパート、アルバイト含めると100人はいた。

特殊部隊と言えば響きは良いが、要は”放し飼い”だった訳(笑)。

私は今でも不思議な職場だったと思い出す。
時に営業マン、時に管理者、時に作業者、時に職人といった、そこで展開されるアリトアラユル存在を目指した。

時々、社長から”どうだ?”と唐突に言われる。
現在の状況と今後予測される問題・課題を話す(あくまで話のみ)
”そうか、頼むな”
それが大抵最後の社長のセリフだった。

今その会社は、特に何事もなかったように私のポジションには新たに後任が置かれ、動いているだろう。
時々、社長と”いつもの”会話をしている事だろう。

私は私で今まで通り、今できる事を全力で考え働いている。
誰かに”頼むな”と言われるたびに。
変わったことは、”売る相手が”変わったことだ。
そしてさらに”時間の売り方”が大きく変わった。

私は”売り方”を考えらるポジションにいる。

サラリーマン時代には気が付けなかった事を1年で沢山学んだ。
気づいたこと、勘違いを含めて本当に。

2023年は生涯で忘れる事の出来ない年になった。


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