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現像したフィルムに何も写っていなかった日の酒の飲み方

僕はフィルムカメラを所有しており、時たま、気分が向いたときに、そのフィルムカメラをポケットにしまって出かけることがある。でも大体は、誰かと喋っていたり、酒を飲んでいたり、ひとりでいても映画館やレコード屋をはしごすることに夢中になり、フィルムカメラのことは頭の片隅からもいなくなってしまう。それで、1枚も写真を撮ることがなく家に帰ってくるのである。また、パシャパシャと写真を撮ったとしても、写真を撮ること自体を愉しむばかりで、実際にフィルムを現像することがない。現像代は高いし。そんなわけで、家には、撮り終えたけれど現像には出していないフィルムが4本ほどいるのである。


そんなことをしているから、フィルムカメラの中に入っていたフィルムを取り出し、興味本位で現像に出してみたときに、1年半も前の思い出が出てきたりする。大学の先輩と、男4人で海へ行った時の思い出だ。それが数枚と、それから長い年月をかけてチョコチョコと撮り溜めた写真たちが、僕の記憶を蘇らせるように、フィルムとして、小さなカメラから取り出される。その中で特に気にいった写真を、せっかくの機会なので、こちらでお披露目させていただくこととする。

今はなき船岡温泉の煙突
路地裏の猫
グリーンハイツ高田

僕はオリンパスのペンという機種のフィルムカメラを愛用している。愛用とはいっても、たまたまカメラ屋さんで見かけた中でいちばん手頃なものだったという理由でこちらのオリンパスのペンを買っただけで、もしそこにオリンパスのペンよりも1,000円安い「オリンポスのポン」なんかがあれば、僕はきっと「オリンポスのポン」を買っていただろう。


久方ぶりの現像を経て、フィルムカメラで写真を撮ることの愉快さを思い知った僕は、その日から毎日愛機をポケットに忍ばせて家を出ることになる。飲みに行くときだって、働きに行くときだって、映画を観に行くときだって、カメラを持って外へ出た。気になる建物があった時は自転車を止めてパシャリ。友達との待ち合わせまでの時間には鴨川に生息するカモやハトやオジイチャンなどをパシャリ。猫とすれ違ったらパシャリ。飲みにいった友達や、町を歩いている時にグッときた見知らぬ人をパシャリ。このように、10日足らずでフィルムを1本撮り切った。前回は1年半もかけて撮ったものを、今回は10日足らずだ。現像する時にワクワク感がたまらない。「フィルムはこれだからいいのだ」と言いながら、出来上がっているだろう写真たちを迎えに行くと、そこには何も写っていないフィルムがあるのみ。どうやら、1年半ぶりにフィルムをセットした僕は(よく考えると、前回はカメラの詳しい友人にセットしてもらったので、自分でフィルムをセットしたのは今回が初めてだ)、うまくフィルムをセットできていなかったらしく、ただただ空のシャッターをひたすら切り続けていたらしい。まるで、宝くじを買った気になって毎回当選番号を楽しみに待ち望んでは「外れた」と落胆する人のようだ。いや、やっぱりそれは違うかもしれない。が、とにかく、僕はむなしい気分に打ちひしがれながら、新しいフィルムと酒を買って家に帰った。


こんな時は酒でも飲みたい。けれど、ヤケ酒ほどおいしくない酒はこの世に存在しない。酒というのは美味い飲みものなのであって、沈んだ気分を紛らわす道具ではない。なので、何かを忘れたいのであれば酒など飲まずにさっさと寝た方が良い。例えフィルムに何も像が写っていなかったとしても、ファインダーをのぞいて見た景色は僕の記憶にこびりついている。その景色を想像しながら、お気に入りのレコードをターンテーブルの上に乗せ、缶ビールを飲み干し、ウイスキーを炭酸水で割り、ワインでも飲めば、やがて寝てしまい、すっかり明日になる。そしてまた、新しいフィルムを詰めたカメラを持って出かけてゆくのである。

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