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【短編/全3回】箕形原物語(3) 〔1000文字〕

約束

あれからしばらくして、甲斐武田の侵攻は予想を遥かに超えた現実となった。

風雲急が告げられた夜のこと、鳥居が戦支度をしていると成瀬がやってきて、「よぉ、物見役らしいな。わしも参るぞ。」と、にやけて言った。

「お主は到来した織田方の目付で新井本坂あらいほんざかと言われておろうが。」鳥居は背中で言って舌打ちした。

「さぁな。聴いとらんわ。」成瀬はとぼけて、「あの約束は覚えておろうな?良いな、この戦で勝負じゃぞ。」と鳥居に迫る。

「おい、あのな…………。」ようやく振り返り、「此度こたびの戦のこと分かっておろう。我らはもはや最期かも知れんのだぞ。」鳥居の表情が曇る。

「さればよ。戦を前に腐るとはお主らしくもない……。」成瀬も突っ掛けた気勢を削がれた。

「…….……。」
結局ふたりはいつも通りの掛け合いにならなかった。

しばらくの、沈黙。

鳥居は成瀬に、くいと盃を手渡し、酒を注いだ。


翌日、鳥居率いる前哨隊は武田方と衝突し、総崩れとなった。
生き残った二騎の武者は行き会う。手にした首級は同じく三つ。互いに、にやりとする。

「お主は戻って殿にしらせよ!今に箕形原は屍の山となる、絶対に来てはならん、死んではならん、とな!」成瀬は鳥居に言い放つと馬を返す。

「さぁわしはもうひと働きじゃ!この大勝負、もらったわ!」単騎は赤い大軍に飲み込まれていき、やがて鳥居から見えなくなった。

死に者狂い

「……先を越されたか……。おぉ、先立たれてしもうたか……。」成瀬の功名(討死)の報せを聴いた鳥居は従者に、
「のう、お主、陣に引き返して酒井殿や朋輩ともがらに、勝負は成瀬殿の勝ちじゃったと伝えてくれ。」と告げ、馬の脇を蹴った。

(いや……、まだ勝負はこれからか。)
手には三尺の野太刀。単騎駆け、向かう地は再びの箕形原みかたがはら

「死に者狂い」
鳥居の勢い凄まじく、たった一人で武田の旗本 土屋昌続隊を一時押し返すも、奮戦虚しく最期は四方から槍尽やりづくめにあった。

鳥居は敵信玄をして「比類なき剛の者」と言わしめ、味方の誰もがその死を惜しんだ。

この箕形原みかたがはらの戦で徳川方は、成瀬藤蔵正義、鳥居四郎左衛門忠広をはじめ、河澄源五郎、長谷川紀伊守、加藤二郎九郎ら多くの精鋭たちを失うこととなる。

しかしこれは、戦いの端緒に過ぎず、
この者たちは確かに勇者であるが、名は残っていない。


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