文化祭を成功まで導くには?(後半)
寄り道、回り道、進路変更は当たり前。
前回(まだの方はこちら)は企画がある程度固まるまでの見守り方みたいなお話をしましたので、今日は「実際に作業が始まった時にどんなことを気をつけ、どのような発想で進めていくか」についてお話したいと思います。
今回も、ガッツリ裏側の部分をできるだけ意図もお話しながら赤裸々にお話したいと思います。
さて。
企画会議が終わり、とりあえず大きな方向性だけ決まった後には、
「今決まったアイデアが最終的には全く違う案になることは全然あるよ。」とだけ言っておきます。
手を動かしていくうちにそもそも実現不可能であることがわかったり、「こっちのほうが面白そう」となることなんてザラだからです。
変に、「一度決まったことだから」と進路を変更せずに無理やり実現不可能な道に突き進んでしまったり、面白くないアイデアをその予感を感じながら進めていくような人間に育ってほしくないので、熟考の末の路線変更は全然OK。
だから、あらかじめたった1つのアイデアを突き進ませるようなことはしません。
そうしていても生徒たちは、大人から見たら「それ絶対ムリだろ。。。」と思ってしまうことでも突き進んでしまいます。
確かに、一見無理そうでもアイデアを出し合って実現にこぎつけるのが文化祭の面白いところであり、子どもたちから可能性を感じる部分でもあります。
ですので可能なかぎりそれをできるように全力でサポートするのですが、それでも厳しい時があります。
そこで、教師の頭の中で考えておくのが、「すべてがオジャンになったとしても絶対できること」であるプランB,Cです。これを常に持っておきます。
そうすることで、生徒は後ろを振り返らずに全力を出すことができる。
生徒たちが巨大ガチャ(前回参照)を作ろうとしている最中に、「一応、もしできなかった時のために考えておこう」と話を振ってみたら、「輪投げ」か「紐引き」という補欠の案が出ました。
そして案の定、巨大ガチャが不可能であることがわかったのですが、彼らはすぐにプランB,Cに考えを移して行動していました。
上司論のような話になりますが、教師なり管理職は、生徒や部下にパスを出してあげて、それを外したとしてもカバーできるような課題を設定すべきです。
それが、「放置」と「見守り」の違いだと思っています。
「生徒に任せる」ときれいな言葉を隠れ蓑にして、もしも生徒に任せっぱなしにした結果、最終的にすべてオジャンになってしまった生徒の心に残るのは、「もう、挑戦するのをやめよう。」です。
だから、常にオジャンになった時の保険だけは考えておく。
そうこうして、作品として最終的に出来上がったのは、
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クイズを持った人が校舎をウロウロしていてその人を見つけてクイズに答える。
↓
そのクイズ数問に正解した数だけ輪投げに参加できる。
↓
輪投げで輪が入ったところに番号が書かれていて、その番号にリンクした『絵の切れ端』を渡される。
↓
背後の壁にも番号が書かれていて、もらった『絵の切れ端』を次々と参加者が貼っていく
↓
巨大な絵が完成する。
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という、超絶複雑な作品ができあがりました。
でもこれ、複雑なのは、それだけ話し合いをディープに行った結果なんですね。
たくさんのアイデアが生まれ、捨てに捨てられなくて、「時間が足りなくなっても巨大な絵だけは完成させよう」という落とし所だけ押さえておいて、制作をスタートしたからです。
確かに話し合いの中で意見に出たのは、
①全員が制作に携わる。
②未完成の作品が文化祭中に鑑賞者の手によって完成する。
③???・・・!!!を仕掛ける
④鑑賞者がアトラクション的に楽しめる
⑤モノとしての作品性がある
だったので、全てを満たす作品になっていました。
鑑賞して終わりではなく、面白い仕掛けをするにはどうすればいいかを生徒が話し合っていたので、大人が考えたようなキレイにまとまった作品ではないです。でも、自分たちで考えて導き出したものなので、やりきる覚悟を感じました。
動く生徒と動かない生徒を接続する
やることが明確に決まったら後は走り出すだけなのですが、ここで先程の”文化祭を進めるにあたってのとりきめ”画像にある「約束」を思い出してもらいます。
の部分です。
それでも動かない生徒がいますが、最も多くの理由は「サボりたい」よりは、「何をやっていいのかわからないから」です。
じゃあ、その理由を潰せばOKなので、ここで必要になってくるのは、定期的な「進捗状況を共有する時間」です。
主になって動く生徒の頭の中にはこれから何を作る必要があって、そのためには何が必要かの「全体の地図」が入っているのですが、同じ内容がみんな分かっている訳ではありません。
でも、ついつい「自分の考えていることをみんなもわかっているだろう」という幻想に囚われてしまいがちになってしまいます。
そのことに気づくことが、リーダーに育つ過程で必要な経験です。
では、その時に教師は何をするか?
主で動く生徒を手伝うのではなく、最優先にすることは、その他多数の生徒の仕事探しです。
主でやってくれる生徒が主治医だとすると、その補佐をする助手の動きの精度を上げにいきます。
バリバリ働いている生徒の横で「何をやったらいいか分からない生徒」が目に入ると、どうしても主で動く生徒は「やってよ!」と心のなかで感じてしまい、テンションが下がります。
厳密に言うと、何もやっていないのは、主で動く生徒から指示をされていないからなのですが、そんなことは言ってられません。
リーダーはいかにして人を動かすかなのですが、主で動く生徒と、動かない生徒の関係がフラットに言える関係とは限らないため、まずは教師が手助けをする必要があります。このあたりは生徒の自主性に任せすぎるのは可哀想じゃないかな?と思います。
静かな生徒がオラオラ系のクラスメートに「ゴミの片づけしておいて」とはなかなか言いにくいのが現実です。
なので、主で動く生徒には、「どんどん仕事を他の人に振りなさい。片付けや単純作業は君がするのは勿体ないからしなくていい」と指示し、動かない生徒には、「主で動く生徒にやることがないか聞きなさい。聞きづらいなら片付けをしなさい。」と言葉をかけます。
そうやって手持ち無沙汰な生徒に雑用をさせることによって、主で動く生徒がクリエイティブに集中できますし、動けない生徒本人もすることが分からなくてモジモジしている気まずさが解消されるので作業がはかどります。
だから、文化祭の準備では、先頭を走る生徒についていって一緒になって同じ作業をするのではなく、いかに主で動く生徒が気持ちよく作業できるかどうかをメインに考えて動いてください。
絵が上手い人が絵を書く時間を削ってゴミを拾う必要はないんです。
そのことをチーム全員が共有することが大事だし、そのようなチームは強いです。
「感動を与える側」を経験させる。
そうして、何もしない生徒の数を0にして、作品が完成すると、「みんなのチカラで作品が完成した」と堂々と言うことができます。
普段はなかなかクラスへの帰属意識が低い生徒でも、自分が関わった作品を鑑賞者が「すごい!」と言っていたり、「なるほど!そういうことか!」とこぼしている場面を見たら心のなかでは満足感が広がっているものです。
こうした、自分の手を加えたものが人を感動させる経験はなかなかできるものではありません。
直接作品を自分の手で作っていなくても、
買い出しをしたり、ゴミを捨てたり、掃除したり、企画をしたりといろいろな働きがあるおかげで1つの作品が完成する。
これが文化祭の醍醐味ですよね。
一人ひとりが、「自分の働きがあったからこそ完成した」という実感があることによって、自分の行動に意味合いを持たせることができます。
そうすることで、お金にはならないけど素晴らしいことはあると実感できる。これがゴールです。
このゴールまでたどり着けたら、この状況を擦り切れるまで利用してやります。
文化祭中から終わりにかけて、すぐさま1人1人&全員にフィードバック。
丁寧に「君のおかげでみんながまとまったよ。」「君の絵のおかげでみんなびっくりしていたよ。」「君が片付けをしてくれたからみんな作品作りに集中できたよ。」
といった具合に。これをするかしないかで効果は大きく変わってきます。
ピークエンドの法則といって、人の印象は出来事のピークと結末で左右されるというものがあります。
ピークは勝手になるのですが、エンドの部分も丁寧に演出しましょう。
「生徒に任せる」の方が馬力が必要
読んでいておわかりかと思いますが、「文化祭は生徒のものであり、生徒に任せる」を地で行き、本当の意味で生徒主体にさせるほうが、めちゃくちゃ手間はかかります。
気を抜くと放任になってしまい、その結果、教育的な効果が薄まってしまうからです。
そもそも、たまたまクラスが同じになった人達30人が、
「全員が何か一つのことに前向きに参加し、自分も鑑賞者も楽しむ」
なんて、実は物凄く不自然な状態です。みんな考え方も違うし、キャラも違う。
でも、だからこそ、文化祭という共通言語をきっかけにしてなにか1つのことをすることの経験はなかなかできないものです。
学級運営を含め、文化祭のやり方に正解はありません。
ほったらかしにしていてもここまでのクオリティまでたどり着けないし、逆に教師主導で「文化祭はこれをしなさい!」とトップダウンで行くとクオリティは保証されるかもしれませんが、生徒の心は置き去りになり、反発も食らってしまう。
だからこそ教師は試行錯誤、作戦を立てながら「生徒が自分の力でできた」という実感を得るために影からどんどん仕掛ける必要があるよね、って話でした。
教師の腕力が結構左右します。言い訳せずに汗水たらしてください。
以上でーす!
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