それでも前へ進むニューヨークの飲食店(コロナウイルスとニューヨーク飲食店の事情) 2020/3/18

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近所の公園にも桜の蕾がふくらみ、春の訪れを感じるこの頃、ニューヨークにもコロナウイルスの感染拡大による飲食業界への影響が深刻に迫ってきました。

 ニューヨーク市は、昨日2020年3月17日より全ての飲食店、カフェ、バーが飲食停止となり、(一部、デリバリーとテイクアウトは許可されています)ほとんどの店がシャッターを閉めざる得ない状況になってしまいました。飲食店が並ぶエリアは、まるで日本のお正月の様な、ひっそりとした静寂の街と化しています。

 ニューヨーク市には約2万7千件のレストランがあり、31万人以上の人が飲食店で働いていると言われています。期間を明らかにされていない今回の営業停止措置は、ニューヨークの外食産業にショックをもたらすだけでなく、店舗の存続、従業員の生活に深刻なダメージを与えています。

 日本にも支店を持ち、星付き有名店Gramercy Tavernなどニューヨーク市内に20店舗以上のレストランを経営する大手飲食企業のUnionSquare Hospitality Groupは、グループ全体の80%にあたる約2000名の従業員を一時的に解雇する(lay off)と発表しました。同時に、同企業の創業者であるDanny Meyer氏は、グループ企業の為の救済基金を立ち上げ、寄付を呼び掛けています。また、彼の報酬を全て救済基金にあてるとの表明も行いました。

 一方、私が住むブルックリンは、個人経営の小さなお店が多く、レストランや雑貨店などが断腸の思いでお店を閉める案内をSNSや店先のちらしにて発信しています。他の都市とは比べ物にならないほど家賃が高いニューヨーク。例えば1ヶ月間お店が営業できないと、廃業に追い込まれるお店は少なくありません。

ワインショップの状況はというと、お店自体はオープンしているものの、オンライン、デリバリー配達の利用、事前に電話かメールでオーダーし、店の外でピックアップをすることを推奨しています。また、人と人との距離をとるため、入店者数を制限している店がほとんどです。

 そんな状況の中、ブルックリンの人気ワインバー、The Four Horsemenでは新しい試みを始めました。それは、今のところ許可されている、テイクアウトの販売です。ローカルのスモールビジネスをサポートする思いも後押しし、サービス開始の初日に、ディナーセット1人前32$をインターネットを通じてオーダーしてみることにしました。翌日のピックアップタイムを選択し支払いをクレジットカード決済で済ませ、翌日にあたる今日3月18日の夕方6時に、店舗へピックアップに向かいました。

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(The Four Horsemanの店前。受け渡しは店の前で行われます)

このお店、カジュアルな店内に洗練されたモダンな料理と白、赤、ロゼ、オレンジ、泡と常時10種以上のグラスワインが楽しめるお店で、いつもおしゃれなニューヨーカーたちで賑わっている繁盛店です。ニューヨークでも大人気となったナチュラルワイン文化を牽引しているお店でもあります。

 しかしながらこの不安定な状況下、ピックアップにお店を訪れた時、なんだか重々しい雰囲気が店の前に漂っていました。同じ時間に取りに来たお客さんが私の他に10名くらいいましたが、皆、それぞれの距離を取ろうと1mくらい離れてスタンバイしています。お喋りが大好きなニューヨーカーにも関わらず、誰一人として会話もなし、お葬式の参列のような、もしくは何か悪いことをしてしまったような、ばつの悪いどんよりとした雰囲気でした。「こんな時こそ、なにか面白い事を言って、この空気を和ませたい!」と思ったものの、そんなスキルを持たない私は、唯一できることとして、”笑顔” で待つしか出来ませんでした。しばらくして、店員が店から出てきて客の名前を聞き、一組ずつ、オーダーした料理やワイン(ワインもボトルでテイクアウト可能)を引き渡していきました。両手には水色のゴム手袋をして・・・。お客さんたちは、料理の入った紙袋をササっと受け取り、「Thank you」とだけ伝え、足早にお店を後にしていました。通常のニューヨークなら、サッパリすぎる光景です。少し異様な雰囲気を目の当たりにし、それまで超楽観的だった私も、今のニューヨークの状況が、人々をいかに不安な状況にさせているのかと感じざるを得ず、複雑な思いを抱きながら家路につきました。

 ところが、家に帰り早速料理の中身を空けてみると、何とも良い香りが漂ってきました。テイクアウトのサービスを開始した初日であるThe Four horsemanのディナーセットは、ミントとクリームの豆スープ、ロメインレタスとチコリ、ハニーナッツのサラダ バタービネガーソース、ラムのラグーとペコリーノチーズのリガトーニでした。思わず、リガトーニを少しつまんでみると、肉の旨味がギュッとつまった丁寧な味わいに、先ほどまでの不安とは裏腹に、新しい味への出会いが楽しみな気持ちに変わっていました。 

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さすがの人気店!スープは奥深くミントが爽やかなアクセントになり、サラダはドレッシング一つにしても複雑で、普段買わないチコリやピンク色のロメインレタスが春を感じさせます。ラグーは、もう1度食べたいくらい美味しかったです。簡易ボックスからお皿に移し替えて、ワインと合わせて、家で外食の気分を味わうことが出来ました。

 彼らは行政から営業停止を通達された数日後に、今までやったことの無い、テイクアウトという分野にチャレンジをし、短期間で実際に行動を起こしました。一見簡単そうに思えますが、テイクアウト用のメニューを考え、容器など備品を発注し、アナウンスをし、オンラインオーダーができる環境を整え、、、、と準備することは多くあったはずです。困難な状況下で生き抜くために何をするのか? 悔し涙を流す暇もなく、前を向いてアクションを起こすことが、シンプルですが、その状況を打破する最も近道なのだと、彼らの美味しい料理を味わいながら、改めて感じさせられました。

 また、予約の取れないブルックリンの人気店Liliaの店前の地面には、数日前までにはなかったハートの絵がたくさん描かれていました。先が見えない不安な状況で少しでも前へ進む、ニューヨーカーが持つ強さの一面をみた気がします。

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