見出し画像

【アルバム紹介】4巻.zip / ひがしやしき(2021)

 今回紹介するのは、二人組ヒップホップユニット・ひがしやしきによる『4巻.zip』です。

 久々にものすごい人たちに出会いました。こんなきらら系4コマみたいなジャケからバチバチのヒップホップサウンドが流れてきたのも驚きでしたが、何より注目すべきはそのリリック。「大人になってしまったオタクの悲哀」という(ふざけているようで当事者にとってはそれなりに深刻な)テーマを、極めて繊細に、それでいて大胆に表現した歌詞が衝撃的なアルバムでした。

 年々増える実社会との接点、嫌でも負わされる責任、それによって損なわれる精神的余裕、鈍る感性、減退する気力。現実はほのぼの日常系アニメとは対極の厳しい世界で、かつて夢見たほどの才能も自分にはなく、そうこうしているうちに気づけば「キモオタからオタが抜けてキモだけが残る」というやつになっていた……こうした「大人になってしまったオタク」問題は、同世代の人なら多少なり感じたことのある方も多いんじゃないかと思います。何を隠そう私もそのクチで、あんなに好きだった『ご注文はうさぎですか?』ももう見てられなくなってしまいました。見てると悲しくなってきちゃって…。

 もちろん、年を重ねるとともに仕事や趣味に打ち込んだり、家庭を持ったりするようになった人も多い(むしろそれが大半な気もする)でしょうし、オタクでなくなったからといって必ずしも人生が虚無になっているわけではないと思いますが、それでもたまに昔のことを思い出して、現実から逃げ出したくなるときもあるものです。私はちょっと前にそのノリで『宇宙よりも遠い場所』を見て、懐かしさと憧憬とで感情がバグりました。

 今回紹介するアルバムは、そうした「オタクとして過ごしたモラトリアム」と「大人として実社会で活きる自分」との間で人々が抱える悩みに、真正面から丁寧に向き合ったアルバムです。単純にラップのフロウやトラックメイキングも非常にうまいので、普段ヒップホップを聴かない人にもオススメできる一枚だと思います。

楽曲紹介

1. ノンフィクションなんてもうしまい

 サビの「だせえノンフィクションに疲れたな/漏れもうフィクションになりたいな」「まんがタイムきららに漏れはなりたいな」という強烈なリリックが印象的なトラック。アルバムを聴き始めて「あ、ヒップホップの人たちなんだな」ぐらいに思っていた矢先にこの歌詞がやってきて、完全に持ってかれました。ヒップホップ史上、一人称が「漏れ」だったことってあるんでしょうか。

 この曲は特に歌詞が好きで、全部紹介してるとただ歌詞をコピペするだけになってしまうんですが、2番Aメロの「幽霊船みたいな人生でした/実体がないから沈まなかった/ゴーストみたいな関係でした/なぜだかさっぱり浮いていました」という歌詞は素敵な比喩だなあと思いました。フロウとしても綺麗ですし。

2. sweet sweat weekend

 アルバムの中でも特に今風のヒップホップを感じさせるサウンドの楽曲です。アッパーなビートとオートチューンのかかった滑らかなライムが気持ちよく、一聴すると普通のヒップホップとして聴けてしまう曲ですが、その中にも「しゅがはみてえ」「放課後ていぼう日誌2期期待」「ロリコン向けの.exe起動」などのキーワードがしっかり織り込まれているのがラッパーの妙ですね。
 「俺はまだ萌え足りない」から、忙しなく過ぎ去る世界に背を向けて、まだまだスウェットの部屋着でアニメとゲームで過ごしていたい…という、完全な現実逃避のリリックをここまで爽やかに歌われると笑ってしまう。まあでも、そのぐらいの気持ちが必要な時もあるよね。

3. 1.012

 前曲から一転、少し物悲しい曲調の一曲です。「『音楽しかない』と僕は言えない/だって音楽できなくても僕は死なない」という歌詞、わかるなあとなってしまいます。自分はDTMまわり少しご無沙汰になってしまってますが、これだけの曲を作れる人たちでもそういう気持ちになるんだなあ、というのがなんとも世知辛いですね。「止まった心臓がぴょんぴょんご注文」、あまりにも悲しすぎるフレーズだ…。

4. 人生ちゃんは続くらしい!

 めちゃくちゃいい曲。モラトリアムがじわじわと終わり、自分の人生が始まっていくことを、悲しくも前向きに歌った美しい楽曲です。
「月曜日が始まる/ねえストーリーは終わる/ただ人生は続く/ニューストーリーが始まる」という歌詞、ほんとにそうだよなあ…と思います。人生って、アニメみたいにいいタイミングで最終回が来て綺麗に終わるってことがなくて、高校を卒業しても大学を卒業しても続いちゃうんですよね。その中で、あそこで終わっとけばよかったなあ…と思うこともあるわけですが、当然そうもいかない。そんならもう人生やっていくしかないだろ、という、ある種力強いメッセージをこの曲からは感じます。こういうのはオタクに言われる方が説得力がある。
「天才で努力家の君のことを/ビッグサイトもいつか忘れるだろう」という歌詞もほんとに好き。自分で思ってたほど天才でも努力家でもなかったけど、やっていくしかないんだよな…。

5. 真剣で私を頃しなさいっ!

 タイトルの字面が懐かしすぎる。こちらは打って変わってとにかく暗い楽曲で、楽しかった過去と苦しい現在との対比でただただ死にたくなっている歌詞が印象的でした。ラストの「その日本刀で救出(ころ)してくれ」というフレーズのリフレインには鬼気迫るものを感じます。前向きな楽曲とこういう暗めの曲が入り乱れる情緒不安定さもこのアルバムの魅力でしょうか。

6. きょうはかえりますね

 分かりきってしまった自分の空虚さと、だからといって被害者ぶることもできない中途半端さを憂いた楽曲。「チェックしてるお題箱/悪いけどそうでもしないと中身がない」という歌詞は切実な響きを持ちますね。それでも「音楽ってアバターを通して魔法が使えた/恥ずかしい事言ってても許されてる気がする」という救いも見えるあたり、「人生」って感じがする一曲です。

7. もと内田いま藤田

 コミカルな曲調ながら皮肉の効いた歌詞が印象的な楽曲。「君はTwitter見ない/言葉が届かない」という歌詞はリアルだな〜と思いました。Twitterで繋がってないとどんどん薄れていってしまう程度の関係性ってありますよね…。

8. さよなら!にゃんぱすライフ

 歌詞がかなり厳しい。「にゃんぱす!死にたい夜中!」以上に悲しいにゃんぱすーを私は知りません。「隣の芝いくらBLUEでも/ガソリンかけたら両者Looseよ」「ブログみたいな歌詞しかかけないよ~/立派な人間でもあるまいし汗」「秋葉原にも最近降りれない」というしんどめの歌詞の中に、かつて憧れたポケモンやゲーム、小説のキーワードが散りばめられている対比がエグいです。ラストの叫ぶようなにゃんぱす連呼も泣ける。

9. talking病気がちガールを夏

 Vaporwaveみたいなタイトルですが、かなりストレートな名曲です。「病気がちガール」と「夏」、AIRみたいなひと昔前の泣きゲーを思わせるモチーフですよね。歌詞に登場する『夜の向日葵』もエロゲ(素晴らしき日々~不連続存在~)の名曲として知られている楽曲です。
 泣きゲーみたいな夏休みを体験することはついになかったし、たぶん存在もしないんだろうなということはわかっていても、なぜか私たちは概念としての夏にノスタルジーを感じるものです。この曲では、そうしたノスタルジーを(おそらくは現実逃避で)どうしても追い求めてしまう心情が、少し不安定なピアノをバックに抒情的に綴られています。「僕の後ろに幽霊が立ってるなら/どうかお願い!夏へ閉じ込めて」という感性、なんというかめちゃくちゃ「平成」ですよね…。世代も相まって泣けてしまう。

10. ドットジップ

 アルバム最後のナンバーにして、タイトル回収的な楽曲。エモーショナルでグルーヴィーなトラックの上でバチバチのフロウが展開される、ヒップホップアーティストとしての矜持を感じさせる一曲です。随所に(もはや彼らのアイコンでもある)オタク的なキーワードも散りばめられていつつ、「わからない未来も/なりゆき次第と/やっていくだけ」「つまらない世界も/やり方次第と/やっていくだけ」といった「やっていく」ことを力強く後押しする歌詞が本当にいい。タイトルにもなっている「想いをzip」というキーワードはまさに彼らのアーティストとしての決意表明でもあるんでしょうね。マジでかっこいいです。
 これまでの曲を聴いて、最後にこれを持ってこられると、「人生はアニメのようにいかないけど、それでもやっていくしかないんだよな」という強い気持ちになれますね。

おわりに

 以上、ひがしやしき『4巻.zip』のご紹介でした。個人的にも相当好きなアルバムで、思わずいつもより多めに書いてしまいました。音楽聴いててこんなに歌詞に引き込まれたのも久々でした。
 楽しかったモラトリアムと実社会とのギャップというのは、やはり多くの人にとって多少なり困難なテーマなんだろうと思います。今回のアルバムはそのリアルな感性を描写した作品として、ジャンルやアプローチは全然違いますが、神聖かまってちゃんとも通ずるものを感じました。

 もう今からかつてのようにアニメを追ったりするのは(時間的にも精神的にも)厳しいのが正直なところですが、マインドとしてのオタク性は失くさずにいたいなと常々思います。実社会との接点はしっかり持ちつつ、しかるべきタイミングが来たらちゃんと「せーのっ!」できららジャンプできるような、そんな大人でありたいですね。

↑これほんといい曲だな…

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?