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丘のうえのハウゼン博士 その4


朝が来た。
夢のなかで誰かに呼ばれたような…
よく覚えてないけれど、確かそんな夢をみた気がする。

あぁ、また朝が始まるのか…
夢をみながら、その夢のなかで無意識にもうひとりの自分がそう呟いていた。


けれどなかなか、思うように開かない重い瞼を開けるとそこは、自分の家ではなかった。
漆喰で塗られた白い天井には、
煌びやかなシャンデリアが飾ってある。

起きたばかりで夢と現実がごちゃ混ぜになっていたが、暫くして初めてハウゼン博士の家にいることを理解出来た。

わたしは重く感じる自分の身体を、ゆっくりと起こし窓際へと歩いていった。
ガラスの窓をあけると、
冷たい空気が部屋いっぱいに入ってきた。

窓の手前にあるアイアンの手摺りに手をかけ息を思い切り吸った。

靄が掛かっていて上手く外が見えない。
ただ不気味な冷気が外から流れてくるのは分かった。

その冷気に身震いしながら、このままだと…わたしは死んでしまうかもしれない。

素直にそう思った。
恐らくもう丸3日以上ご飯を食べていない。

初めはすぐに帰るつもりだったのだが、
この館の時間軸はどこかおかしい。

朝が来て、そこから夜になるまでが異様に長い。ハウゼン博士もメアリーも決して悪い人ではなかったが、寂しいのか私を外に出すまいとしているように見えた。

重いため息を一つつくと、わたしは学校の同級生「酒井羽」のことを想った。

羽はこの地元にむかしから代々貢献している祈祷師の家もとだ。

「ねぇ、羽!もしもわたしが、暫く学校に来れなくなっても探しちゃダメだからね!」

どうしてあの時、わたしは羽に
強がりなど言ってしまったのだろうか…。

「羽、どうしてる?」
眼鏡越しに覗く優しい瞳。
中学のとき転校して初めて友達になった大切なひと。大切なひとだからこそ、この事に巻き込んではいけない、その一心だったのだ。

羽に会いたくて仕方なかったけれど身体中、倦怠感に包まれていて思うように身体が動かせなかった。

そのとき部屋の扉のノックがコンコンと鳴った。

「メアリー?起きてるかい?」
それは紛れもなくハウゼン博士の声だった。

ハウゼン博士はいつも通り、アイロンのかかったオフホワイトの長袖のシャツを着て、ベージュのスラックスを履いていた。

眼鏡越しに覗く青い瞳は優しい…そのものだった筈だったのに…

「藍美、具合が随分と悪そうだね。大丈夫かい?」
どこか物憂げな顔をしたハウゼン博士が近くまで来た瞬間、意識が飛んだ。




気づいたときには、わたしはメアリーの部屋の中にいた。

皮張りの椅子に括りつけられていて、身動きが出来ない。

「博士…メアリーどうして…?」

わたしは目の前にいる博士と、ベッドに横たわるメアリーに向かって声をかけた。

「藍美…君ならきっと分かってくれるはずだ。メアリーには君のような心の純粋なひとの生気が必要なんだ。この世に存在するためには…」

部屋が暗くて、博士の表情がうまく見えない。


「なにを言ってるの?だってメアリーは…」

「やめてくれないか!メアリーはちゃんとこうしてこの世に存在している。わたしもメアリーも、この館でずっと君のような心の綺麗なひとが来てくれるのを待っていたんだ。」

「君だって、もっと今までとは違う生き方を望んでいたじゃないか」

それはわたしが、その土地に根付いて暮らしたい…その事を言っていたのだろうか

「それは…こういう意味じゃないよ。」

今まさにメアリーに魂を捧げて、この世のものではなくなろうとしているわたしは

精一杯の声を振り絞って、ハウゼン博士に語りかけた。

「わたしは…貴方たちと一緒には生きていけない…」

そういったとき、眩しいばかりの光が部屋のなかに溢れてきた。




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