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神様にお願いをしたのは…

頬をなぜる風が冷たい。
小さく息を切らせながら、凸凹した山道を一歩いっぽ登る。
地元の少し離れた氏神神社に足を運ぶため、
いつもより少しだけ早めに起きて家を出た。

そうやって登ってきた山道を振り返ると、家々がとても小さく見える。

「ずいぶん遠いところまでやって来たなぁ…」

遠くに見える小さな家々を眺めながら、僕はひとりごちた。

それと同時に耳の奥で
「なんで、そんな事も出来ないんだ!!」
会社の上司の声が脳裏に甦ってきた。

電話が鳴りっぱなしの慌ただしいオフィスで、これまで数度に渡って出した起案書や、まとめた資料は何度も上司から跳ね除けられた。

ぼくは地元の情報誌の編集をやっていたが、
上司の描く理想の形と、僕が求めるものは明らかに違っていた。

上司は見栄えのする数字が取れる記事を求めていた。

数字を意識していかなければ、行けないことは
分かっていたけれど…僕はクスッと笑えるような地元のことを皆んなに伝えたかった。

「自分には向いてないのかなぁ…」

そんな風に苦み潰した想いを抱きながら、満員電車に揺られて仕事をしていた。
だけどコロナになってリモートワークに切り替わってからは、皮肉にもその想いから解放されてのびのびと仕事ができるようになった。

不定期に更新していた、会社発信の地元情報サイトに記事をあげると少なからず、読んでくれるひとたちがいた。

誰かの目を気にしてではなく、本当にじぶんのしたい事を追求することができた。

そんなとき、ふと
「アンタはあんたの強みがあるんや。
だから誰かと比較なんかせんでええんよ。」
昔だれかが僕に言ってくれたその言葉を思い出した。そうやって小さな僕を膝にのせて、あのとき声をかけてくれた。あれは、誰が言ってくれたのだろうか…

そんなことを思いながら、足を進めてゆくとまもなく鳥居が見えてきた。

昔から根付いているこの神社は、
時折人とすれ違う程度で、いつもとても穏やかだ。チチチ…と鳥の鳴く声と、木々がザワザワと風に揺れてざわめく音以外は何も聞こえない。
鳥居に深く頭を下げてから、参道の片側を通る。

むかし僕のばあちゃんに
「道成、参道の真ん中は神様が通られる場所だからね。ちゃんと開けて端っこを歩くんだよ」と教えてもらった。

「神様はみんなの願いを聞くために、ちゃんとここにいらっしゃるからね」
そうして参道を通り神社へと向かった。

そのことを懐かしく思いながら、僕は参道をゆっくりと歩いて行った。

本堂につくとコロナの影響からか、本堂の鈴が取り下げられている。お賽銭を入れ、二回会釈をしたあと、パンパンと手を打った。

木々が風に揺れてザワザワザワ…と音がしていた。それはまるで、神様がそこにいるかのようだった。

神様にお願いをしたのは、ばあちゃんのことだった。
一人暮らしのばあちゃんが、最近うまく家事を出来なくなったらしい。
いわゆる物覚えが悪くなり、今やったことも忘れてしまうようになった。

母さんはそんなばあちゃんを気遣って、
これまでは週に何回か家に行っていたけれど…このコロナ禍でどうするべきか迷っていた。

僕はー…、そんなばあちゃんの姿を見るのは嫌だった。でも、もし可能なら…

そうしてその願いと同時に、どうしたらいいか神様に願い尋ねていた。

風がブワッと吹き、
「道成、みちなりやろ…。どうしたん?こんなとこ来て」
振り返るとそこには母さんが、立っていた。

「母さん…」

母さんは、スッと僕の隣に立ち少し丸くなった背中をシャンと伸ばして、神様に願いごとをしているようだった。

どれくらいの時間が経っただろうか。

母さんが静かに目を開け、

「道成、ばあちゃんのことなんやけど…」と
ぼくに声を掛けてきた。

「ばあちゃん、コロナの今のこの状況が少し落ち着いたら、うちで一緒に暮らしてもええか?」と尋ねてきた。

「もしかしたら、道成が在宅勤務してるあいだはばあちゃんの世話、みちなりに頼むこともあるかもしれん。それでもええか?」

母さんは静かに僕を見つめて尋ねてきた。

ぼくの心は決まっていた。

「母さん、もちろんや。ばあちゃんと一緒に暮らそう。僕も…、ぼくもばあちゃんのことを考えとったところや」

風がゴオォとなびいていた。

あぁ、そうか

「アンタはあんたの強みがあるんや。
だから誰かと比較なんかせんでええんよ。」

あのとき小さな僕に声をかけてくれたのは、ばあちゃんやったな。

少し小さくなった母さんの背中を見て僕はそう思った。

いままでようけ、与えられてきた分
今度は誰かの役に立ちたいと心からそう思った。








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