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あなたを感じる金曜日

花金というだけあって、居酒屋の店内は騒がしい。

「おう、安武こっちこっち!」
ひとりが手招きをしながら、俺を呼んだ。
ドンちゃん騒ぎをしている席の合間のせまい通路をすり抜け、ようやく俺は手招きされてる方にやってきた。

「久しぶりだな!!元気だったか?」
「おぅ、ぼちぼちだな。」
ガヤガヤしている店内の音に負けないよう、大きな声でそう言いながら濃紺のネクタイを少し緩めた。

俺が上着を脱いで席につくと
「まぁ、呑めや。」
そういって年季のはいった飲み放題のメニューを渡された。
「あー…じゃあ取り敢えず、ナマで」
「りょーかい!おい、そっち店員さん呼んで」
そして店員さんを呼んでもらってる間、目の前にいた坂城優美が

「安武くん、相変わらず元気そうやね!」
と声をかけてきた。相変わらず可愛い。
色白で目がパッチリしていて、まるでリスか何かの小動物みたいだ。

5年ぶりの高校のクラス同窓会。
坂城は関西から引っ越してきたせいか、
少し方言訛りがあってそこがまた可愛かった。

坂城が関西からこっちの高校に転校してきたとき、クラスがざわざわするほど華やいで見えた。そして華やかな見た目とは正反対に性格は、おっとりしていたものだからあっという間に学校中の人気者になってしまった。

俺も他ならぬファンの1人だったわけだが…。
「あ、ああ元気だったよ。坂城は?」
不意に声を掛けられたことにドギマギしながら、返事をするとなぜか坂城は伏し目がちに小さく笑った。

「もー!!優美のこと虐めちゃダメでしょ!」そうやって隣から、坂城と仲良かった女友達の松橋が割って入ってきた。

「別にいじめてねぇし!!」
「どーだか!優美はいま色々あって落ち込んでんの!」
「え、マジか。大丈夫?」

「あー…うん、ありがと。大丈夫やで」
少し小さく見えた坂城のことは気になったけれど、久しぶりの再会で飲み会はガヤガヤ進行していった。

「そーいえばさぁ、坂城ってなんで俺らの高校に越してきたんだっけ?」

だいぶ酔ってきた俺の隣の高田が、坂城に聞いた。

「あー…、そのときおばあちゃんの体調があんまりようなくて、そんで心配になったしお願いしておばちゃん家から通うことになったんよ」

「えー!スゲェ優しいじゃん!!」
するとまた松橋が、
「あ・た・り・前でしょ!相手は優美だよ」
と茶化してきた。
「お前さっきから、坂城に絡みすぎ!
さてはだいぶ酒入ってるだろ!」
「ハイハイ、心配ありがと!でも大丈夫ー」
とかなりのハイテンションで呑み進めていった。

オイオイ…この呑みかただと潰れるんじゃねぇの?

その懸念は的中し、
案の定松橋は酔い潰れてしまった。
そんな動かなくなった松橋を高田は、片手で支えながら
「ったく、コイツはよー。しゃーねぇから俺コイツをタクシー乗せて家の近くまで送ってくわ!」と言いながら、
「オイっ、帰るぞっ」と捲し立て、高田と松橋はタクシー乗り場へと行ってしまった。

坂城と2人きりになってしまった俺はドギマギしながら
「しゃーないし、坂城終電があるだろ?俺らも駅向かおうか」と言った。

坂城は「そだね」とふふっと笑って一緒の方向に歩き出した。

頬にあたる夜風が気持ちいい。

俺はさっき松橋が言っていた、
坂城が落ち込んでいることが気になってそれとなく歩きながら聞いてみた。

「坂城さっきのさ…」

言いかけると、突然クルッと後ろを振り返り
俺の方に向いて
「安武くんってさ、運命って信じる?」と言ってきた。
突然どうしたのだろう…と思いながらも、
「うーん、難しいかもしれないけど、
何かに引き寄せられるみたいなことはあるかもしれないよな」と言った。

すると、欠けた月の出ている夜空を見上げながら「わたし、もうこれ以上好きにはならないだろうって位まで人を好きになったの」と坂城は小さく笑って言った。

突然の告白に、俺はショックと動揺を隠しきれなかったけれど坂城の話しの続きを聞いた。

「わたし大学生のとき、これ以上にないくらいある人を好きになって…ずっと、それこそ永遠に一緒に居たいと思った」
そうやって語る坂城の姿はどこか儚げで、今にも消えそうだった。

「…だけどね、だけど彼は死んじゃったんだぁ…重い心臓の病気で。」
そしてうっすらと涙を浮かべたが、すっとその涙を拭った。

俺はそんな坂城になんと伝えれば良いかわからなかった。 

「そのひとはね、琢磨っていうんだけど凄く心の綺麗な人で純粋なひとだっ…」

そう言いかけた坂城の言葉を遮って、
「琢磨って、それって新堂琢磨のことか?!」と叫んでしまった。

その言葉に「なんで知ってるの…?!」とビックリする坂城に、俺は

「あいつは俺の小学校時代の同級生だったんだ。アイツとはずっと帰り道一緒に帰ったり、駄菓子屋寄ったりしてたんだよ。だけど、アイツ急に市内の大きな病院行くって聞いて…」

「そー…なんやぁ。琢磨ってほんと凄いよね。
いつも誰かの心のなかに住んでる。
琢磨さ…随分長いこと入退院を繰り返してたんやって。だから小中高とまともに、学校行けたことないみたい。」

確かにアイツはよく休みがちだった。
たまに学校出てきても半日で帰ったり、かと思うと何日も休んだり…

だけど、不思議と俺はアイツの雰囲気が好きで
たまに学校にくるアイツを誘っては駄菓子屋に連れて行ってお菓子を一緒に食べた。

ゆっくり畦道を帰りながら、琢磨の母ちゃんに怒られてもずっと一緒に居たかった。

「アイツはさ、なんかどっかで自分のこれからのことを悟ってるような、そんな雰囲気があったんだよな。クラスの中心にいるってわけじゃないのに、なぜか目が離せないやつで。一緒にいて癒されるやつでさ…」

「うん、分かるよ。琢磨はそんなひと。
心が温かくて優しい人。わたしは琢磨のそんな所が大好きだった。…ねぇ、もしよかったら琢磨のお家にお焼香あげに行ってあげて。
きっと、琢磨待ってるよ」

そうか…お前死んじまったんだな。
心にポッカリと空いたその穴は喪失感というにはあまりにも大きなものだった。

つぎの瞬間、そんな俺ら2人の間に冷たい夜風が吹き付けた。
まるで、俺ら2人をみているかのように。

欠けた月が高く昇りどこまでも皓々と道を照らしていた。





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