月の夜の共犯者3.
「お前は俺の言うことを黙って聞いとけばいいんだよ!!」
仕事帰りいつもどんな顔で彼が待っているか、ドキドキしながら家に帰った。
今日は何を言われるのかな…そんなことを思いながら、マンションの玄関扉を開ける。
そんな毎日だった。
普段は面倒みの良い上司なのに…家に帰った途端、ワンマンな人になる。
まるで自分のために機械的に動くロボットのように、周りのことを思ってるかのようだった。
権力と名声を手に入れるための闘争心。
この大きな会社の組織のなかで、若干35歳にして営業課をまとめる役職につくのは並大抵のことではないと思う。
現にわたしも営業技術については、彼に手取り足取り教えてもらった。
その営業に対しての探究心と、数字に対しての執着心は目を見張るものがあった。
憧れの先輩、わたしはその当時彼をそのように捉えてしまった
今思えばそのことが、そもそもいけなかったのかもしれない…。
その日は営業の資料作りで遅くなり、慌てて食材をスーパーで買って帰るところだった。
時刻は午後9時を回ろうとしていた。
その日直帰予定だった彼は、とうに帰っていたに違いない。
「馨、遅かったな」
急いで家に帰ると、灯りもついていない部屋に晃は立っていた。
そして突然据わった目でわたしを見るなり
「お前こんな遅くまで何してんだよ!!」と大声をあげて突っ掛かってきた。
その大声に思わず身体が震える。
その様子が彼を更に苛立たせたのか、
抵抗する間もなく、わたしの手首のうえをギュッと掴まれた。
「帰ってくんのが遅いんだよ。いま何時か分かってんのか!」
そう言うと更にギューッと手首のうえを握ってくる。
一瞬骨が折れてしまうかと思った。
「ごめん…なさい、痛い、痛いから手首を掴むのやめて」
晃はチッと舌打ちをして、
「分かってんなら、早く作れや。上司の俺より遅いってどういうことだよ。」
ネクタイを緩め、晃は不機嫌そうにスカイブルーのソファに座った。
「たくよー、お前は俺の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ。仕事もろくに出来ないクセに」晃は眼鏡越しに冷たい視線でわたしを舐めるように見た。
違う…ちがうよ。わたしこれでも営業頑張ってるんだよ。今日も先方の人に中原さん、いつもありがとね。丁寧に対応してくれて本当に助かるよ…って言われたよ。
それに…無茶なこと頼んでるのは、晃の方じゃない。
その言葉が思わず口に出掛かったけれど、すんでのところで喉の奥へと引っ込めた。
その夜料理を食べ終わった晃は、何も言わずシャワーを浴びてわたしを抱いた。
まるで自分の所有物であることを確かめるように…。
自分の欲求を吐き捨てるように、ことが終わったあと、晃は蔑んだ目でわたしをみて
「手首…腫れてるから、明日から透けない長袖着ろよ。」と言って彼がひとりで寝る寝室へと戻っていった。
けして甘やかして欲しかったわけじゃない。
ただ、わたしのことを1人の人として認めて欲しかっただけ。
ねぇ、晃…晃にとってわたしはどんな存在?
晃にとってわたしは、貴方の所有欲と自尊心を満たす為だけの存在なの?
その夜、晃が寝静まってからわたしは静かに泣いた。
その涙は会社から持ち出し厳禁の過去からいままでの顧客リストのPDFの資料を濡らした。
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