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【ファンタジー小説】カエルの女神と夜の王

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【連載中】伯爵家の令嬢として育てられた両性具有のラナデアは、村はずれの森にある闇の館へ嫁ぐよう言い付けられる。夫となった領主は夜にしか現れず、暗い屋敷には亡霊や妖精、不思議な生き…
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カエルの女神と夜の王 プロローグ

カエルの女神と夜の王 プロローグ

 ラナデアはいらない子でした。二人の姉と二つ年下の弟がいましたが、父母はラナデア以外の子どもたちを、いっとう弟を可愛がっていました。日曜に皆がダイニングルームでサンデーローストを食べている時も――いつもナース・メイド代わりであるシルキーのミセス・ラピスが見守っていましたが――自分の部屋でひとり、冷えて真ん中が凹んだヨークシャー・プディングを食べていました(ミセス・ラピスは何世紀も前からこの伯爵家に

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カエルの女神と夜の王 第一話

カエルの女神と夜の王 第一話

 急いでお針子に仕上げさせたラナデアの花嫁衣装は伯爵家の令嬢としては質素なものでしたが、それでも精緻な花模様のレースがふんだんにあしらわれていて最高級の真っ白なシルクで出来ていました。きらきらと繊細な輝きを持つラナデアの長い金髪には(これもレースで縁取られた)ベールがかぶせられており、その上には白いオレンジの花と赤い薔薇で出来た花輪が載せられていて、少女のように見えるラナデアの美しさをいっそう際立

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カエルの女神と夜の王 第二話

カエルの女神と夜の王 第二話

 いっこうに回るのをやめない半人半馬のふたりに話しかけるのを諦めたラナデアは、小さなため息をつくとまた元のように小屋の前にしゃがみこみました。わずかに頬を膨らませて地面を見つめていましたが、不意に蹄の音が止んだのでハッと顔を上げました。
「あんたが、ラナデアかい」
 低いしゃがれ声でそう言ったのは、いつの間にか目の前に立っていた一頭の狼でした。狼の顔はラナデアのものよりもふた回り、いや三回り以上大

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カエルの女神と夜の王 第三話

カエルの女神と夜の王 第三話

 ラケルタの言うとおり庭園らしき場所に差しかかってからゆうに二十分は走り続けて、ようやく屋敷の尖頭アーチが見えてきました。まだ明るい時間のはずなのに屋根の上の空はどんよりと曇っていましたが、呑気なラナデアはこれから雨が降るのかしらと考えていました。邸宅の大きな窓にあかりはなく、今にも幽鬼が現れそうな雰囲気だったけれどシルキーのミセス・ラピスに育てられたラナデアは別段怖く思いませんでした。
「ねえラ

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カエルの女神と夜の王 第四話

カエルの女神と夜の王 第四話

 ラナデアは主の花嫁のはずでしたが、屋敷の中はシンと静まり返り出迎えはありませんでした。だだっ広いサルーン(※玄関ホール)の真ん中には豪華なマントルピースをもつ巨大な暖炉があったけれど、時節柄火は焚かれておらず外よりも寒いくらいでした。そしてマントルピースを飾る鋳造レリーフに興味を引かれたラナデアが近づいてみると、花や葉、鳥や馬などのよくあるモチーフではなく、コウモリやトカゲ、それから悪魔などの不

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カエルの女神と夜の王 第五話

カエルの女神と夜の王 第五話

 ノックスは飲み物だけの朝食を終えるとどこかへ行ってしまったので、ラナデアは薄汚れた花嫁衣装を着たままひとりドローイングルームでぼんやりしていました。ベールの上に載せられた薔薇とオレンジの花輪はすっかり萎れてしまっていたし、白く幼い顔に施されていた化粧も取れかかっていました。けれどもこの屋敷には鏡がひとつもなかったから、ラナデアはそんな自分の姿には全然気がつかないでいました。
「おや、まだここに居

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カエルの女神と夜の王 第六話

カエルの女神と夜の王 第六話

 あくる朝早く、初めてボガートに邪魔されずにぐっすりと眠ることのできたラナデアは、とてもすっきりした心地で目覚めました。景色を楽しみにしていたので急いで窓際へ行きカーテンを開けましたが、外は一面の白い霧で何も見えなかったのでがっかりしました。それからお腹がグゥと大きく鳴って、そういえば昨夜は夕食をとらずに寝てしまったことを思い出しました。
「今度から、ノックスさまの朝食のときに一緒にいただけるよう

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カエルの女神と夜の王 第七話

カエルの女神と夜の王 第七話

 朝早くには立ちこめていた霧もすっかり晴れていて、薄い雲ごしに陽の光が届いていました。昨日は薄暗くなってから着いたからよく見えなかったけれど、闇の館の庭には様々な植物が生い茂っていました。まず目についたのは血のように赤い薔薇の花で、その鋭い棘で侵入者を阻むためか屋敷の周りをぐるりと囲うように植えられていました。ラナデアはそんな薔薇の壁にひとつだけ造られたアーチをくぐりましたが、そこの棘はちゃんと手

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