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群馬帝国戦記 

「時は満ちた。いざ日本国に復讐を!」

群馬帝国王が放った一言に、民は歓喜する。日本国土総てを統一し、群馬の名を世界に轟かせる、そんな民の夢が遂に叶うのだ。

上野の国(現群馬県)は、古来より南北西の山々、東の利根川によって県外との交流が閉ざされていた。故にどの時代においても、上野が国の支配に置かれることはなく、政府の介入なしで独自の文化を築くことができたのだ。
勿論国はその立地から、何度も上野を支配下にしようと試みた。これまで、日本各地の頭首が上野の土地をめぐって争ってきたが、そこに踏み入ることすらままならない。壁のように連なる山々は、国民に絶対的な安全をもたらしたのだった。しかしそこにはデメリットもある。敵の存在と共に、国外の情報や文化までもを遮断してしまったことだ。それ故に、上野国内は外界の常識など到底通用しない、「無法地帯」だと揶揄されていた。
1853年米国の黒船来航や、明治時代の岩倉使節団の海外渡航。それらは日本の発展に大きく貢献したが、群馬帝国にとってはただの世界史。自国とは関係ない国が発展した程度のことが、わざわざ取り沙汰されるわけもなかった。国民の誰しもがこの状況を当たり前だと思っていたし、このままがいいと望んでいた。
しかしそんな考えは、1871年の廃藩置県によって、あえなく終わりを迎えたのだった。

 本山太一は驚いた。
同僚は皆群馬帝国のことを「無法地帯」と呼ぶ。それを冗談だと切り捨てた太一の眼前には、まさにその無法地帯が広がっていた。本山太一は廃藩置県によって政府から派遣された群馬県知事である。太一は薩摩生まれの薩摩育ち。群馬とはなんらご縁のない人生を送ってきた。そんな太一がなぜ群馬県知事になったのだろうか。

ー1871年廃藩置県発令3日前ー 

「なんで、なんで私が群馬なんですか!」

太一の怒声が響き渡る。エリート街道を進んできた太一にとって、群馬県知事の役職はまさに左遷だ。

「まあまあ。この機に田舎の空気を味わってみると良いさ。」

「そんな…。そもそも、あの要塞群馬ですよ?どうやって行くんですか⁉︎」

「それはまあ、特殊なルートでね。全く安全性はないんだが、エリートの君
ならいけるさ!」

相変わらず上司は岡目の面のような、気味悪い笑顔をしている。
これ以上何を言っても意味がない。何よりこれ以上上司の顔を見たくない。そんな思いから、やむなく太一は部屋を後にする。群馬知事としての自分を一旦は受け入れると共に、いつか上司を見返してやろうと誓う太一であった。そして現在、廃藩置県の日ー 太一の群馬県知事デビューにして、今日は太一が初めて群馬に行く日でもあった。

「よりにもよって群馬とはお気の毒ですな」

そう太一に話すのは、太一のライバルでもあるとともに、廃藩置県を機に栃木県知事に就任した田福一富(たふくかずとみ)である。
「栃木もそんなにかわらないだろ」と心のなかで思う太一である。


「まあお互い頑張ろうじゃないか」


一富はまるで見下すかのような口調で太一にこう言うと、この場をあとにした。
太一は決意する。群馬を必ず日本一の場所にしてやると。

廃藩置県発令から5日後、太一は諸事情により他の知事より遅く現地入りした。その諸事情とは群馬の立地だ。今現在群馬に行った経験があり、かつ県外に帰ってきた人間はいない。未曾有の土地で、どこにどれだけ原住民の監視があるかはわからない。人目を掻い潜るルートを探るのに時間がかかったのだ。そんな問題を解決したのは群馬三山に数えられる榛名山だった。皆は榛名神社をご存知だろうか。五穀豊穣など様々なご利益のある神社だ。そんな神聖な地に監視をつけるなど、流石の原住民でも避けるはず。そんな予想が大的中したらしい。ここからは太一と護衛である曽根中隆康との会話だ。いつ原住民に聞かれるかはわからない。太一の愚痴を皮切りに、小声の会話が始まる。

「まさか山を越えるとは。政府は頭がおかしいのか。」

「何年も続いた藩制度を変えてまで、一体何がしたいんでしょうね?……県?どういう意味なんでしょう。」

「『群馬』この呼び方にもだいぶ慣れたな。上野国の方が違和感を感じる。」
「そうですね。」

「まあとにかく、オレは決めたぞ。このド田舎を、意地でも発展させてやる。」

「数日前まで、政府に直談判してませんでしたっけ?」

「ああ。だが一富のおかげだよ。あいつはオレを舐めてる。オレの方が地位が上になった時の、あいつの顔が楽しみだ。」

「腹黒ですねぇ。」

「うるせぇ。」

群馬の発展のため立ち上がった2人は、どうやら相性が良さそうだ。

「とりあえず、ここの長に会うとするか。」

太一が部下の曽根中に言った。太一たちは現在、榛名山頂付近の小屋にいた。ここが彼らの拠点である。山賊のように群馬県に侵入した太一たち。しかし県知事に就任するのだから、このまま息を潜めているわけにもいかない。どうにか県民たちとの接触を図りたいところだ。いつ襲われるかも分からない彼らが、派遣先の群馬県で負傷したとなれば、政府の責任も免れない。小屋の手配は、そんな政府から太一たちへの唯一の施し、もしくは自分たちの保身だった。
噂によると群馬県の長は、紀元前600年頃から続くある一族の家系からなっているらしい。もっとも謎多き地だから、真実かどうかは定かではないが。
その長が住んでいるとされるのは前橋市。榛名山から歩いて行くとなると、少なくとも半日はかかってしまう。群馬県派遣初日からの大移動だ。
出発と同時に険しい道が続く。長い道を覚悟しつつ、気を紛らわせるための会話が始まった。

「なんだか険しい顔してますね?長に会うだけじゃないですか。」
気の抜けたように曽根中が尋ねる。

「バカ言え。誰も踏み入ったことのない土地だ。県民全員が武装しているかもしれないだろ?」

「そんな、心配しすぎですよ。武装とはいえ、外交もしたことがない土地です。火縄銃があるかどうか。」

「そういう楽観的なところが、お前の…!」

「シー…敵にバレますよ?」

小声で話していたつもりが、いつのまにかヒートアップして大声になっていたことに気づく。出発から早一時間。疲労が影響しているのに間違いはないだろう。
周囲に気をつけつつ、更に歩き続ける。
四時間も経つと、ところどころに小屋が見え始めた。どうやら小さな集落らしい。

「ここが地図で言うと榛東という村ですね。前橋まではあと少しです。」
息を切らしつつ、曽根中が口を開く。

「そうか。だがそれにしても人気がないな。」

「まあむしろ誰にも出会わずに行けるのがいいんじゃないですかね。そのほ
うが安全でしょうし。」

「それもそうだな。」

たまにはマトモなことを言うじゃないか。太一がそう思ったのも束の間、太一たちの目の前に鋭利な黒い槍が現れた。

「貴様ら、一体誰だべさ?」

ただでさえ半日かかる前橋への道は、どうやらもっと長くなりそうだ。

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