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「世界顛末研究所」2021年5月16日 日曜日

 夜、いつもの様に当てもなく空を飛んでいると、眼下に見える川沿いに街の灯りがあったので、橋下の河川敷に着陸して、散策してみることにした。

 どこにでもあるような、田舎の商店街だった。何かの祭りが催されているようで、流行らなさそうなアーケードの至る所にひなびた提灯が吊るされていて、浴衣を来た地元の人々が行き交っていた。

 アーケードの出口付近にゲームセンターを見つけたので、なんの気無しに入って見たら、お菓子のクレーンゲームの前ですれ違った子連れの母親が「ここより楽しい場所がある」と言って、アーケードの車道を挟んだ向こう側にある古い雑居ビルを指さした。

 入ってみると、雑居ビルの内側は異様な作りになっていた。
 猫の額ほどのエントランスには、二階に登るためのタラップがあるだけだった。タラップを掴んで二階に登ると、病院の待合室のような無機的な空間に出た。勝手が分からなかったので取り敢えずカウンターに向かってみると、丁度受付席に座っていた男がにゅっとこちらに顔を出し、良い笑顔をしてこう言った。

「どうも、世界顛末(てんまつ)研究所の、宇宙うさぎと申します」

 よく見ると、男はずんの飯尾さんだった。
 俺は人生で初めて、夢の中で腹を抱えて笑った。

❤︎❤︎❤︎

 空は先週からずっと愚図ついていた。予報の上では曇りだったが、降ったり止んだりを繰り返していた。シャワーを浴びて洗濯物を部屋干しした。

 飯尾さんはあの無機的な事務所の中で、世界のどんな顛末を見ていたのだろうと、シャワーを浴びながらぼんやり考えた。
 俺に事務所の居場所を教えてくれたのが子連れの女性であった事も意味深で、そこにエロチカ的要素を見ることも可能だった。また、飯尾さんが良い笑顔をしていたのも重要なところだったし、ただ名乗られただけで大笑いしてしまった夢の中の自分にも、何かしらのアイロニカルなメッセージ性を感じ取れた。

 洗濯物を干し終えた後、車を出して郵便局に向かい、昨日、通販サイトで売れたシェラカップの発送の手続きを行った。

 我が秘密結社のSTORESから、商品が売れましたとのメールが届いたのは昨日の朝の事だった。以前、結社のアジトの備品として作って、余った奴を掲載していたものだった。どうせ知り合いの誰かの悪戯だろうと思って詳細を見たら、全く知らない人だった。

「よくこんな高いシェラカップを買うもんだな」というのが、売れてみてからの正直な感想だった。無論、デザインには絶対の自信があったし、オーダーメイドなので原価が高く、決済手数料だ配送料だと様々な手数料が取られるので、売れたところで利益なんて数百円も出ないのだが、それは売る側の事情であって、買う側からすれば、数百円も出せば買えるシェラカップを、敢えて数千円のノンブランド品にする経済的合理性はない。

 だが、それを敢えて購入するという、知らない誰かの意思決定によって、通販サイトと運送会社とシェラカップ工場と俺にお金が巡ってくる。

 そういう、心に余裕のある誰かの、より美しかったり豊かだったり幸せだったりする生活の模索の中から回ってきた金は、金額の多寡によらず、良い循環で回していこうと思う。

 郵便局を出ようというところで、先日コロナに罹った前職の後輩から電話を受けた。一時は大変な事になったと思ったが、幸いにも症状は殆ど出ず、もう復帰出来たという事で安心した。
 電話の後半に仕事の相談を受けた。既に退職した先輩に仕事を、しかも折角の休日に聞かなければならない職場はどういうものだと呆れ返り、電話を切ったあと、若く有望な後輩の将来を深く憂いた。
 日本の若者の未来は暗い。この件は研究所に持ち帰って飯尾さんに報告である。

 郵便局を出た後、二人の姉に会いに行ったら、別になんの祝い事もなかったのにそれぞれから物を貰った。歯磨き粉とハリッサ。

 くれた物が「は」縛りだったのには何か大切な伏線が隠されているに違いなく、やはり飯尾さんに聞いてみなければ、なんとも分からない所である。

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